「閉鎖的なフランス映画界の体制をぶち壊したかった」 気鋭の監督ラジ・リ、最新作『バティモン5 望まれざる者』インタビュー
ここ数年で、少しずつ政治の場に多様性が反映されはじめてきた
―アビーのような移民出身の人が政治に介入する難しさはあるのでしょうか? リ:そうですね、非常に難しいです。フランスでは政治はエリートたちだけで行なわれ、移民出身の人々は排除されることが常でした。ただここ数年で、少しずつ政治の場に多様性が反映されはじめるという希望的変化も見えてきました。 とはいえまだ人数としては圧倒的に少なく、例えば黒人の市長は1、2人くらいしかおらず、アラブ系の市長も片手で数えられるくらいしかいません。それでも今後若い世代の人たちには期待したいですね。彼ら/彼女らが政治に参加することによって、エリートが支配的な政治の場も徐々に変えていくことができると思うので。 ―移民の政治参加という点で、印象的なキャラクターが副市長のロジェですよね。ともに育った移民には寄り添わず、かつエリートのなかでは排除されていましたが。 リ:移民で政治家をしている人であっても、政治の場では傍観者となったり排除されたりしている姿からも状況の複雑さがわかりますよね。ロジェは移民ですが、ほかの政治家と同様に不誠実で信用できない人物です。誰よりもまず自分を助けるという意味では、正直者なのかもしれませんが。 対照的な位置にいるのがアビーです。彼女は誰しもに誠実で、現状を変えるための行動に真摯に取り組んでいます。彼女のように誠実な人を見極める慧眼が私たちには必要なのかもしれませんね。 ―その見極める慧眼を得るためにはどうしたら良いのでしょうか? リ:たとえばロジェはもともと信用できない悪党であることを周囲も皆知っていましたが、アビーは政治家を目指す前から他者のために何年も身を粉にして働いていました。そういった行動は一種の指標になりますが……ただそこを見分けるのは確かに難しいですよね。
生徒を無償で受け入れる映画学校を設立。「閉鎖的なフランス映画界の体制をぶち壊したかった」
―監督は2018年、モンフェルメイユで映画学校を設立されましたね。卒業証明書を必要とせず、毎年20名の生徒を無償で受け入れているその学校が、現在マルセイユ校やセネガルのダカール校など、各地に広がりつつあると伺いました。そのような学校を設立した背景と目的を教えてください。 リ:私自身は映画学校にも通わず、ほとんど独学で映画を学びキャリアを重ねてきました。本当はそういう学校に通ってみたかったのですが、入学するための資格や学費、コネや人脈がないといった理由で叶わなかったので、私のような人でも通える学舎を作ろうと思いました。そこは年齢制限もなく、資格もいりません。フランスの映画界というのは裕福なエリートが多い非常に閉鎖的な場所だったので、そういった既存の体制をぶち壊して、映画を学んだり製作する過程を民主化したかったのです。 また既存の体制のせいで、当時のフランス映画はすっかり代わり映えのしない役者や物語ばかりになっていました。そんななか、若い世代のクリエイターを育てればいままでと違う物語を語ってくれると思いましたし、フランス映画界に新しい風を吹き込めるという可能性を感じ学校を設立しました。 ―モンフェルメイユに学校を設立したことによってなにか変化はありましたか? リ:2018年に開校してからモンフェルメイユはかなり変わったと思いますよ。これまでモンフェルメイユはわざわざ外から人が来るような場所ではなかったのですが、学校ができたことでフランス全土から学生が集まるようになりましたし、学生以外でも多くの人が映画スタジオを訪れたり、ここで撮影が行われる機会も増えました。以前だったらモンフェルメイユからパリに通って仕事をする人がほとんどだったのに、今では逆にパリからモンフェルメイユに仕事で訪れる人が大勢いますから。それは大きな変化ですよね。 ―学校ではラジ・リ監督も教鞭を振るうのですか? リ:マスタークラスで指導していますよ。 ―なんと。羨ましいですね。 リ:興味があればぜひ来てください! ―ラジ・リ監督は1996年に映画監督のキム・シャピロンらとともに立ち上げたアーティスト集団・クルドラジュメに所属されていますが、そこでは皆さんどのような活動をされているのでしょうか? リ:クルドラジュメではいろんなプロジェクトを進めています。メンバーであるキム・シャピロンやトゥマニ・サンガレはそれぞれ映画の脚本を書いて製作準備を進めていますし、5月にフランスで公開されるサイード・ベルクティビア監督、ゴルシフテ・ファラハニ主演の映画『ROQYA』は私がプロデュースしています。次回作を準備中のロマン・ガヴラスについても、『アテナ』に続きサポートする予定ですね。そして現在育てている学校の1、2年生の映像プロジェクトも4つ進行中で、今年は学校初の長編映画も1本撮りたいと思っています。すべて順調ですよ。 ―最後に、パリオリンピックが7月に控えていますよね。オリンピックというのは貧困層にその利益が還元されない印象を受けるのですが、パリ郊外に暮らすラジ・リ監督はパリオリンピックをどのように見ていますか? リ:パリオリンピックも貧困地区に住んでいる住民には何も還元されません。たとえば貧しい人々がたくさん住むセーヌ・サン・ドニもオリンピック会場の一つになるのですが、試合が行なわれる場所の100m先ではみんなが食べ物に困っている現実があります。近隣でのそういった貧困問題は放置しながら、オリンピックには何十億ユーロも費やすなんて信じられません。入場券1枚が1000ユーロもするなんて、一体どうなっているんでしょうか。 現在フランスが置かれている政治的状況を顧みると、オリンピックのような国際的イベントでは何が起こるかわかりません。もしかすると良くないことも起きかねないという意味で心配でもありますね。
インタビュー・テキスト by ISO / 撮影 by You Ishii / 編集 by 生田綾