20年ぶりに伝説の漫画家「佐々木マキ」の新作コミックスが刊行! 村上春樹作品初期の装丁画も手掛ける(レビュー)
伝説のマンガ家、20年ぶりの新作コミックス! というオビに心おどる。残念ながらわたしが佐々木マキを知ったのは伝説の「ガロ」ではなく1970年代の絵本や児童書であり、彼の創作の全貌を知ったのは大人になってからのことだ。 少し脱線することを許してほしい。佐々木マキは単著の絵本も多いが、わたしが出会ったのはさしえを描いた児童書である。新冬二『日よう日が十回』(太平出版社)。小学生の男の子が、町に来たチンドン屋の男(おそらくはアルバイト)と知り合い、日曜日ごとに会ってはその男の商売について行くようになる。エムエムと名のるその男は、毎週違う場所で違うことをしている。スカーフを売ったり、似顔絵を描いたり、たまには競馬場にも行く。そうして男の子は大人の世界を少しずつ覗いていくのだが、佐々木マキの絵は白日夢のようなお話の雰囲気にぴったりで、鬱屈していたわたしの心を解放してくれた。その絵本は50年経ったいまでも大切にもっている。 佐々木マキの絵は魔術だと思う。この本は、ナッティーという7歳半の少女(アリスを思わせる)の冒険譚。中国語で無線を交わすパトカーの警官たちや、真っ白に輝く夜の闇や、破壊されたビルや、人魚や、怪しいドクター。歌謡曲や童謡や詩のパロディー。たとえばこんな感じだ。〈ゆうやけこやけで/きがふれて/やまのおけらのかねがない〉(「子取りの夢」)、〈おう きせつよ やい しろよ はっきりしろよ/むきずなたましひがどこにあるってんだ〉(「くらやみクラブ」)。ふざけた軽さと、その裏から手をのばしてくる重くるしさと。構造にきっちりとおさまりをつけない不穏さがどのページにも明滅して、にやりと笑いながら読者を手招きしている。 2020年から23年までのウェブ連載を単行本化。新刊と50年前の本とを両手にもって、佐々木マキ・ワールドをパノラマで眺めた気分。 [レビュアー]渡邊十絲子(詩人) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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