ミステリーとしても楽しめる…充実の歴史時代小説に胸を熱くする!
今村翔吾の『海を破る者』は、没落した名門の当主が元寇に立ち向かう。主人公の河野六郎通有は、一族の内紛により凋落した伊予の名門の当主だ。その彼の脇に、高麗人と西域出身の男女の元奴隷を配しているのが今村流。この異国人の存在を絡めて、なぜ人は人と争うのか、どうすれば分かり合えるのかという問いが、何度も繰り返される。終盤の六郎の行動は、その問いに対する答えであり、作者の理想が託されているのだ。 吉森大祐の『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』は、津藩藤堂家の藩政改革をまかされた茨木理兵衛が主人公。財政再建の秘策を実行しようとするが、それにより大騒動が起こる。本気で抜本的な藩政改革をしようとした先覚者なのか、いたずらに理想に走り藩を混乱させただけなのか。理兵衛の評価は現在でも定かではない。そのような扱いの難しい人物に果敢に挑み、重厚な歴史小説に仕立てた、作者の力量を高く評価したいのである。 伊吹亜門の『帝国妖人伝』は、近代史を背景にした連作ミステリー。山田風太郎にオマージュを捧げた作品でもある。今年は時代ミステリーの当たり年といいたくなるほど優れた作品が多かった。その中で本書を選んだのは、私好みの内容だったからだ。売れない作家を狂言回しにして、各話ごとに別々の実在人物が探偵役を務める。面白い趣向だが、後半になって、さらなる深い企みがあったことが判明。これが凄かった。 野上大樹の『ソコレの最終便』は、終戦間際の満洲を舞台にした鉄道冒険小説。特命を受けた101装甲列車隊が、国境付近の駅で立ち往生した巨大列車砲を回収し、2000キロの彼方にある大連港を目指す。製造から20年が経つ老ソコレ(装甲列車)に主人公たちが乗りこむなど、作者は冒険小説のツボをしっかり押さえている。活劇の魅力の他に、戦争の悲惨さと人間の愚かさも掘り下げられており、読み味は重厚である。 永嶋恵美の『檜垣澤家の炎上』は、作者の新境地といっていい。明治末期から大正を背景に、横浜の山手にある豪商・檜垣澤家に引き取られた少女を主人公にした、波乱万丈のドラマである。ヒロインの高木かな子は、檜垣澤家の当主と妾の母の間に生まれた娘。七歳で檜垣澤家に引き取られた彼女の、まるでサバイバルのような日常と、したたかな成長に夢中になった。ミステリーの要素もあり、リーダビリティは最強だ。
細谷 正充/オール讀物 2024年11・12月号