国民の「主権者意識」を目覚めさせた安保法案審議 ジャーナリスト田中良紹
安保法案は衆議院で圧倒的多数の与党により16日の衆議院本会議で可決され参議院に送られた。「60日ルール」がある事を考えれば、参議院で可決されなくとも法案の成立は可能である。米国議会で「夏までに成立させる」と安倍首相がぶち上げた国際公約を果たす道筋はつけられたと言える。 一方、安倍首相は翌17日に、国民の批判が高まりを見せていた新国立競技場の建設計画を白紙撤回する方針を表明した。前の週には建設計画の見直しを強く否定していたから突然の方針転換である。何がそうさせたか。安保法案を巡り内閣支持率の下落に歯止めがかからない事がそうさせた。国民の世論が政府の方針を変えさせたのである。
「たったの2500億円」から一転
仮に支持率が下がらなければ、新国立競技場は当初のデザインと費用のまま建設された事は間違いない。それは東京オリンピック・パラリンピック組織委会長を務める森元首相の言葉から分かる。森氏は見直しが決まった後、「(国民が)金をかけるなと言うのだから仕方がない。たった2500億円を国が出せなかったという不満はある」と記者団に語った。 森氏も安倍首相も競技場の建設費用は「たった2500億円」という意識だった。前の週まではその考えで建設を進める方針だった。ところが一方、安保法案の審議をめぐり世論調査は厳しい反応を示し続ける。政府の説明を不十分と考える国民が8割を超え、過半数を超える国民が今国会での成立に反対である。しかもその数字は審議が進めば進むほど政府に不利になっていた。 衆議院の委員会で強行採決が行われる直前には、第二次安倍内閣発足以来初めて内閣支持率で支持と不支持が逆転する。安倍首相の胸に不安が増したことは間違いない。しかし国民の声に耳を傾け、今国会での法案の成立を断念すれば、安倍首相は「国際公約に違反した無能な首相」と国際社会から評価され、間違いなく政権崩壊につながる。 一方で、国民が求める慎重審議を続けても国民の理解が得られるとは限らない。それが国会運営を余裕のないものにする。15日に委員会で強行採決、16日に衆議院本会議で通過を目指す方針が決断された。 しかし同時にその週末にはメディアの世論調査が行われる。そこに強行採決に対する国民の反応が現れる。それを悪くさせない方法として、国民に評判の悪い新国立競技場の建設方針撤回を安倍首相に発表させ、評価を上向かせる方法が考えられた。だからそれは17日に発表される必要があった。 これまで散々批判されながら、新国立競技場の建設計画が撤回されなかったのは、安倍首相の後ろ盾である森元首相がいたからである。最高権力者の後ろ盾には誰も表立った批判が出来ない。あるいは誰かが批判をしても組織の人間は誰も動かない。森氏の考えを変えるには安倍首相が説得するしかなかった。 支持率の低下と「国際公約」の間で強行路線を採った安倍首相は、支持率へのダメージを最小化するため、森氏を説得して17日の発表に間に合わせた。