国民の「主権者意識」を目覚めさせた安保法案審議 ジャーナリスト田中良紹
国民置き去りの「解釈改憲」決定
この一連の出来事は、世論が政府の方針を変えさせる力を持っていることを国民に教えている。新国立競技場の建設計画に多くの国民が疑問を呈し、そして安保法案をめぐる国民世論の反発がなければ、建設計画の見直しはなかった。安保法案が建設計画を見直させたと言える。 それでは安保法案に国民の支持が上向かない理由は何か。政府与党は、日本国民が平和憲法を盲信し、国際情勢に鈍感で、戦争に漠然たる不安を持つ事が理解を阻んでいると考えているようだ。しかし私は法案の内容以前に、憲法の改正にも等しい解釈の変更を、国民を参加させずに閣議決定してしまったところに間違いがあると考えている。 安倍首相は閣議決定を「歴史的転換」と胸を張る。ところが「歴史的転換」は国民に相談することなく行われ、安倍首相はそれを諸外国に既成事実のように宣伝して歩く。しかし国民には何も内容が知らされていない。 5月末にようやく「歴史的転換」を可能にする法案が国会に提出された。ところが安倍首相が「夏までに成立させる」と諸外国に約束したため、政府与党は審議を急ぐ。誰だって「ちょっと待てよ」と言いたくなる。 そこで初めて国民は「憲法って何だ」と意識するようになる。国の基本を変えるには国民参加が必要だという仕組みを知る。ところがそれが国会の議席数だけで決まってしまっていく様を見せつけられる。確か選挙では「歴史的転換」などテーマになっていなかったと思い出す。 つまり安保法制の論議が始まって国民は、それまであまり意識していなかった「主権者の意識」に目覚める機会を得た。そこに新国立競技場の建設計画撤回を見た。国民が政府の方針を変えさせる力を持つ事を知った。これが参議院審議にどのような影響を与えるか、あるいは影響を与えないのか、私はそれを見守りたい。 (ジャーナリスト・田中良紹)
■田中良紹(たなか・よしつぐ) ジャーナリスト。TBSでドキュメンタリー・ディレクターや放送記者を務め、ロッキード事件、日米摩擦、自民党などを取材する。1990年に米国の政治専門 チャンネルC-SPANの配給権を取得してTBSを退職、(株)シー・ネットを設立する。米国議会情報を基にテレビ番組を制作する一方、日本の国会に委員会審議の映像公開を提案、98年からCSで「国会テレビ」を放送する。現在は「田中塾」で政治の読み方を講義。またブログ「国会探検」や「フーテン老人世直し録」をヤフーに執筆中