継承の儀|旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺 #33
継承の儀|旬のライチョウと雷鳥写真家の小噺 #33
今年もいくつかのライチョウ家族のヒナ生誕直後を見届けることができた。今年は抱卵巣の捜索まではせず、あくまで孵化直後を狙って山域を調査していた。探そうと思えば可能なのだが、いかに私といえども抱卵巣の撮影と観察は相当に気を遣う。親しき仲にも節度あり。必要以上の深追いをしないことが永く付き合うコツではないかと思われる。 もっとも、普通の人から見ればとてつもなく深追いしていると認識されているかもしれないが、専門家というものはいかんせんこういうものである。結局のところ撮影者として倫理と節度を規定するのは本人のモラル次第、いかに相手のことを考えて行動できるかが重要である。 編集◉PEAKS編集部 文・写真◉高橋広平。
継承の儀
こと、ライチョウに関してその生態などをだれかに教わることはなく、ほとんど自力独学で現在の知識と経験と技術と立場を得てきたが、それでもライチョウ研究の関係者との交流はそれなりにしているつもりである。 私が研究者の集いともいえる「ライチョウ会議」に参加しはじめたのは2013年10月、山梨県南アルプス市にて開催された第14回大会からである。信州大学名誉教授をはじめ、環境省やライチョウの生息している自治体や日動水(JAZA)、生態を研究している大学や研究機関の専門家が集い、研究発表や情報交換、また一般の人々に向けてのシンポジウムなどをして保護普及啓発を推進している。 この第14回大会には、特別ゲストとして皇族の高円宮妃殿下も登壇するなど特に大々的に開催していたと記憶している。その後も上野動物園や静岡などライチョウの生息地、あるいは域外飼育地のある都県でライチョウ会議は続いている。ちなみに今年もS県S市での開催が予定されており、準備も水面下で進んでいて、私も一枚噛んでいたりする。 さて、近年の研究において域外飼育 (動物園などの生息域外での飼育)下における孵化直後のヒナへの腸内細菌の継承の重要性が周知されてきた。この重大な発見と発信をしてくれたのが中部大学の牛田一成教授のチームである。中心人物である牛田教授と土田講師は自らを「うんちハンター」と定義するなど、緩衝膜を纏わない物言いに好感が持てる方々である。 かいつまんで説明すると、腸内細菌……つまるところ「うんち」に内包された細菌たちを孵化直後のヒナたちが経口摂取することにより体内に取り込み、その細菌の力で普段口にする高山植物の毒素などを中和したりして生命維持を助ける、という認識で良いと思われる。この腸内細菌があるかないかで生存率が格段に変わり、人工飼育下での死亡率がかなり減ったとのことである。またこれは環境省などが進めているライチョウ保護増殖事業における「飼育個体の生息域への復帰」の成否に関わる重要なファクターであることも判明した。とにかく専門家のあいだでは、現在空前のうんこブームが巻き起こっている。 この腸内細菌の件がライチョウ会議で発表されたのは、私の記憶が正しければ2020年に開催された岐阜大会。また同年に発行された楠田哲士氏による著書『神の鳥ライチョウの生態と保全』(緑書房)にも研究成果が記載されている。 今回の一枚は、その食糞行為を捉えた「継承の儀」と名付けたものである。 撮影時期は2021年夏。第32回のエッセイで孵化を見届けた親子の話をしたが、その折に撮影したものだ。およそ丸1日かけて、卵の殻を破り羊水で濡れた羽毛を母鳥の懐で乾かし、抱卵巣をあとにするライチョウ家族。小雨降るなかの旅立ちは遅々としていて、15分をかけて1m進み、体を冷やさないように腰をおろした母鳥の懐に飛び込むヒナたち。さらに待つこと30分、立ち上がり歩を進めた母鳥のあとには新鮮なうんこが。それをヒナたちが迷うことなくついばみ始めた瞬間がこの一枚である。 ライチョウの魅力的な姿を表現することはもちろん、このように学術的な記録をしっかり捉えて発表していくことも雷鳥写真家の使命と心得える今日このごろである。