浜田省吾ゆかりのバス停を守るために……「音楽は、世代を超えてつながっていくものだと思います」
これで終わるはずだった取り組みが、その後、まさかの動きを見せ始めます。 その頃、江田島の路線バスが、呉市交通局から民間のバス会社に移管されました。これに伴って山田バス停と併設されたバスの営業所の土地が近くの病院に売却されます。2012年には、浜田省吾さんが腰掛けたベンチも撤去されると伝えられました。これを知った生徒の皆さんと植田さんは、再び集まりました。 「このままでは、私たちが調べた浜田さんのファンの方に愛されているバス停のベンチが失われてしまいます。残してもらえるように、院長先生にお願いに行きましょう!」 最初は浜田省吾さんのことを全く知らなかった生徒の皆さんも、課題に取り組むなかで、すっかり浜田さんのファンになっていました。生徒の皆さんと植田さんは院長先生を前にバス停の文化的な価値を必死に訴えました。その熱意の前に、院長先生もベンチを残すことを約束してくれました。 無事に守られた浜田省吾さんゆかりのベンチは、近くの江田島図書館の中庭に、新たなファンの交流の場、「浜田省吾 ON THE ROAD 江田島」として保存されます。次第にファンの皆さんの口コミで話が広まって、島を訪れる人が増えてきました。ただ、図書館の中庭ということもあって、なかなか辿り着けないという声も届きます。 そこで、かつての生徒の皆さんは再び集まって、案内のリーフレットを手作りします。2014年に無料配布が始まると、瞬く間に人気を集めて、図書館に置かれたファンの交流ノートには、全国から訪れた皆さんの浜田省吾さんへの思いが溢れました。
この図書館を拠点とした、地元の皆さんの地道な取り組みに行政も動きます。2023年には、かつてのバスの営業所の壁やひさしが丁寧に再現されました。金属の錆は、まるで浜田省吾さんが座った時のように、茶色のペンキで描かれ、一部には、解体の時に丁寧に外されて保存されていた部品が再利用されました。さらに昨年には、ファンの方から寄贈された資料の展示室も設けられました。 バス停の再現から1年あまり、最初のリーフレットの作成からは10年が経ったいまも、休みの日を中心に、多くのファンの方が、再現された山田バス停を訪れています。サングラスの貸し出しも行われていて、訪れた方は、浜田省吾さんになりきって、会報誌の写真と同じように足を組みながら、楽しそうに記念写真を撮っていきます。 その様子を見守りながら、植田さんはこう話してくれました。 「バス停が残ったのは本当に奇跡です。最初は中・高生たちの学びから始まりましたが、生徒も家庭を持つ世代になって、きっとお子さんにも浜田さんの歌が届くと思います。改めて音楽は、世代を超えてつながっていくものだと思いますね」
浜田省吾さんの歌が好き、その思いが人と人を繋ぐ場所が、広島・江田島にはあります。