古都・鎌倉で新しい発見やディープな体験を。座禅や写経、古民家レストランの味、鎌倉彫の器……
【この人に聞きました】鎌倉育ちのベテランガイド 内田美穂さん
静謐な枯山水の庭、苔むした石段、さわさわと波立つ竹林。険しい崖を穿った切通(きりとおし)を抜け、三方山々に囲まれた鎌倉をめぐると、時空を超えた異界に迷い込んだような錯覚に襲われるのは、武士(もののふ)の魂が今も息づいているからだろう。この地で生まれ育った内田美穂さんがツアーガイドを志したのも、北条氏に討たれた和田一族の塚が近所にあったから。古都の息吹をいつも身近に感じていたに違いない。 お客さんが減り、バスガイドとして18年勤めた会社を去ったのは、2015年のことだ。「これからは好きなことをやればいい」と夫に言われ、サーフィンの練習に真剣に取り組む日々だったが、お客さんの笑顔がどうしても頭から離れない。いつだったか、初老の男性客に「シャッターを押して」と頼まれたことがあった。カメラを向けると、女性の写真を取り出し、「一緒に……」と重い口を開いた。死別した奥さんと訪れるつもりだったという。帰り際、彼は「ありがとう。来てよかった」と笑ってくれた。
あの笑顔をもう一度見たい、だから独り立ちする、と決めた。ありきたりのガイドではない。歴史を深堀りし、お客さんに様々な体験をしてもらう。例えば、北条氏ゆかりの宝戒(ほうかい)寺で座禅や写経を組む。古民家レストランの味や鎌倉彫の器を堪能してもらう。銭洗弁財天の神様のお使いは白蛇。好物の生卵を供えるとご利益があると伝わり、宝くじ当選のお礼参りに来た人もいるそうだが、「実は神社で白蛇を見かけたことがあるんです」と言う。鎌倉では不思議も日常のひとこまなのだろう。 “龍穴の地”といわれるパワースポットにそびえる鶴岡八幡宮、建長寺、円覚寺などの鎌倉五山、端正な顔立ちの大仏。梅や桜の季節が過ぎ、アジサイや花菖蒲が咲き誇り、濃緑の夏の日々が去れば、やがて紅葉が山々を彩る。花の寺の四季は変化に富み、強者(つわもの)どもの伝承が想像力を掻き立てる。異界はワクワク、ドキドキのワンダーワールド、それは癒やしの空間でもある。 文・三沢明彦 ●ミホさんとディープな鎌倉を楽しむツアーはベルトラの「日本を紐とく旅」で。 ※「旅行読売」2024年3月号より