住民「もう限界」 文化財どう守る? “廃村”話し合う過疎地では今
古代からの長い歴史を誇る奈良県内では、重要な文化財と公式に指定はされていないものの、歴史的に貴重な仏像などが地域で多く保管されてきた。だが、人口減少による過疎が進む中、こうした未指定文化財の管理が急速に難しくなってきている。専門家は「住民に任せきりにする手法は限界に来ている。早く手を打たないと、盗難や損傷にもつながる」として、受け皿となる保管施設を整備する重要性を強調している。 ◇天井に大穴…仏像に雨や泥 「しばらく見てへんうちに天井に大穴が空いてしまってね。仏様に申し訳ないわ」。かつて林業の拠点だった桜井市北山地区の小谷元一区長(76)は、元は寺だった集会所の本堂の天井を見上げた。 市中心部から細い山道を上った場所にある同集落は4年前に住民がゼロになり、現在では、中学卒業後に集落を出た小谷さんが市内の自宅から通って道路などを見回っている。集会所も元々は興隆寺という寺だったが、2021年に仕事を引退した小谷さんが確認すると、天井から雨や泥が流れ込み、仏像が泥をかぶって一部が朽ちかけていたという。 平安時代の作とされ、明治期の神仏分離令で近くの談山神社から移されたと伝わる本尊の薬師如来坐像(ざぞう)、脇仏の十一面観音菩薩(ぼさつ)立像などは、22年夏から修復も兼ねて東京芸大に預けている。当初は24年度末に返還される予定だったが、修復作業が遅れていることと、戻っても安全に保管できる場所がないことから返還を1年間延期した。小谷さんらも市教委を通じて保管先を探しているが、今のところ最適な場所はない。 ◇過疎地域も同じ課題に 残された時間は少ない。小谷さんは今秋、地区の出身者を集めて「廃村」に向けて話し合うことを決めた。集落を含む桜井市の多武峰(とうのみね)地域では、地区ごとに集められた協力金を基に道路などを管理しており、地区だけで勝手に廃村を宣言することはできないという。所有者が決まっていない仏像や共有の田畑などをどうするのかも決めないといけない。小谷さんは「私たちの世代がいなくなれば誰も村を守れなくなる。仲間も次々と亡くなっていく。もう限界だ」と危機感を募らせる。 県や市教委によると、過疎地域はどこも同じ課題に直面している。文化財の盗難被害も多く、北山地区でも約20年前に仏像が盗まれた。多武峰の別の地区で平安期や南北朝期の仏像を管理する男性も数年前、雨戸に工具でこじ開けようとした跡があるのに気付いて急いでセンサーなどを取り付けた。「そもそも住民がほとんどいない。対策も限界がある」とこぼす。 ◇「盗まれれば、まず見つからない」 県内の国宝・重要文化財は1337件(1日現在)と全国3位の多さ。仏像などの彫刻に限れば499件と全国で最も多く、特に国宝は76件と全国141件の過半数を占める。仏教美術が主要テーマの奈良国立博物館(奈良市)や歴史ある寺院が古い仏像を守ってきたためだが、地域には廃寺に伴い移された未指定の仏像も散在しているという。 19年施行の改正文化財保護法は未指定を含む地域の文化財を積極的に把握・活用するよう行政に求めているが、県内で取り組みが進んでいるとは言いがたい。22年度に未指定文化財の調査や展示に取り組んだ県立機関の「なら歴史芸術文化村」(天理市)も「盗難被害につながる」として報告書は公表せず、「事業は終了し、今後調べる予定はない」としている。 元和歌山県立博物館学芸員で、文化財保護に詳しい大河内智之・奈良大准教授は「人口減少の中、地域の文化財をどう守るかは喫緊の課題。特に未指定のものは手がかりが少ないため、盗まれればまず見つからない。対策を急がないと間に合わなくなる」と話している。【稲生陽】