西宮神社の大絵馬、被災後初めて公開…修復され11月5日から
1995年1月の阪神大震災で損傷した「西宮神社」(兵庫県西宮市)の大絵馬(縦約1・4メートル、横約1・7メートル)が修復され、来月5日から、被災後初めて一般公開される。震災30年を控え、吉井良昭宮司(73)は「『今までよう頑張った』と、それぞれの30年間に思いをはせてほしい」と語る。(阪神支局 中山真緒)
修復された絵馬は、前脚を高く跳ね上げて暴れる黒馬と、綱を引いて必死に抑え込もうとする男たちの様子を2枚組みの板に描いた「 神馬(しんめ)舎人(とねり)添図(そえず)」。江戸時代中期の1751年、尼崎藩主・松平 忠名(ただあきら)が武運長久を願って奉納し、同時期に境内に建てられた「絵馬殿」に飾られていた。
それから240年余り後、阪神大震災が発生し、西宮神社でも大きな被害が出た。本殿が傾き、重要文化財の「 大練塀(おおねりべい)」が損壊。大小約50点の絵馬を飾っていた絵馬殿は完全に倒壊した。
絵馬の半数は原形をとどめないほどに壊れ、がれきと一緒に廃棄された。「神馬舎人添図」は形こそ残ったが、2枚組みの板がそれぞれ割れ、絵の一部が 剥落(はくらく)。損傷した他の絵馬とともに倉庫にしまい込まれた。
その後、本殿や大練塀などは順次修復され、2000年頃には、神社はほぼ元通りに復興した。絵馬の修復は手つかずだったが、昨年、震災30年に向けて「当時を知らない世代に経験や教訓を伝えるきっかけにしよう」と、特別展示の目玉にする構想が持ち上がった。
同神社では、倉庫に残る約25点の中からどれを修復するか検討。地元藩主ゆかりの品で、歴代神主が書き継いだ社務日誌「御社用日記」に奉納の経緯が詳しく記されているなど由緒が明確な点を考慮し、「神馬舎人添図」を選んだ。
修復作業は昨年11月から元興寺文化財研究所(奈良市)で始まり、汚れの除去や顔料の再定着などを進めた。割れた板は無理に接着すると全体に悪影響を及ぼす恐れがあり、同研究所から「(割れを)震災の記憶として残してはどうか」と提案されてそのままにした。