「キャラがないなら四股を踏め」オカダ・カズチカが“レインメーカー”となった理由
プロレスラーには限界から先の姿を見せていく使命がある――。新日本プロレスのスター選手として活躍後、アメリカのプロレス団体「AEW」でも躍進を続ける“レインメーカー”オカダ・カズチカが、その人生の極意を語る。『「リング」に立つための基本作法』より一部を抜粋してお届けします。
プロとしてお客さんを楽しませるために
「オカダ、お前は試合でなにを伝えたいんだ?」 元プロレスラーのスタッフに言われた。 2010年、新日本プロレスからアメリカへ武者修行へ出て、向こうの団体、TNA(現:インパクト・レスリング)で闘うことになったときのことだ。 「えっ、なにか伝えなくちゃダメなの?」 「あたりまえだ。お前、伝えたいこと、ないのか?」 相手はあきれた顔で僕を見た。 「闘って勝つだけじゃダメなの?」 「伝えることがないなら、とりあえず四股(しこ)を踏め」 「四股?」 日本人といえば、アメリカでは今でも相撲や芸者、忍者のイメージだったりする。 「そうだ、相撲の四股だ。プロレスはキャラクターが重要だ」 そのスタッフの意見はもっともだった。 僕はプロだ。プロのレスラーだ。会場に集まる人、テレビを見ている人に喜んでもらい、楽しんでもらい、収入を得ている。とくにアメリカでは、エンタテインメント性が強く求められた。 そんな環境で試行錯誤を重ね、闘うことでリングにカネの雨を降らせる、今のレインメーカーになった。 1980年代、猪木さんを中心に新日本プロレスが人気を誇っていたとき、ほとんどのレスラーがストロングスタイルの黒のパンツだった。当時はそれが受けていた。ファンに求められていたのだ。 しかし、時代は変わった。1990年代から総合格闘技が台頭し、プロレスには強さだけではない、新しいなにかが求められた。とはいえ、すぐにチェンジなどできない。当初は総合格闘技系に合わせてしまい、複数の団体が同じスタイルで競合し、プロレス人気が衰退(すいたい)していった。 そんな衰退期に僕はメキシコから帰国して新日本に入門した。そして基礎練習を積んだ後、TNAに武者修行に出て、エンタテインメント性を身につけたのだ。