9人のアメリカ大統領の功罪と知られざる内幕 成功と失敗、栄光と挫折、後世への影響を描き、現代のアメリカを深く分析した一冊(レビュー)
最強の超大国・アメリカを動かした九人のリーダーたちの功罪と知られざる内幕を描いた一冊『大統領たちの五〇年史―フォードからバイデンまで―』(新潮社)が刊行された。 ベトナム敗戦に始まり、冷戦終結、9.11事件、グローバル化問題、イラク戦争、貧富の格差拡大、米中対立までの50年を分析した本作は、「次のアメリカ」を見通すための政治外交史の決定版だ。 本作の読みどころを、慶應義塾大学名誉教授の阿川尚之さんが綴った書評を紹介する。
阿川尚之・評「九人の大統領から見えるアメリカの未来」
村田晃嗣教授の新著『大統領たちの五〇年史―フォードからバイデンまで―』は、今年2024年からちょうど五〇年前の1974年に就任したフォードから、現職のバイデンまで、九人の大統領を取り上げ、彼らの成功と失敗、栄光と挫折、後世への影響などを詳細に描いた大作である。アメリカというユニークな国の歴史を描く手段は、映画やジャズから宗教、憲法まで色々あるが、大統領を中心に現代のアメリカを深く分析し、それでいて読みやすく面白い作品はあまりない。 本書を通読して、この五〇年間、アメリカでは実に色々なことがあったなあと感じた。ウォーターゲート事件、ニクソン辞任とフォードの大統領昇任。人権外交を標榜したカーターが直面したイランのパーレビ体制崩壊と米国大使館占拠。ソ連のアフガニスタン侵攻。勢力圏を拡大するソ連に軍備増強で対抗したレーガン政権。ブッシュ(父)の任期中に起きたベルリンの壁倒壊とドイツ再統一、冷戦終了、ソ連崩壊。イラクのクウェート侵略と湾岸戦争。クリントン大統領のホワイトハウス不倫。同時多発テロを受けてブッシュ(息子)が始めたアフガニスタンとイラクでの戦争、その泥沼化。オバマ以後、トランプ、バイデンの任期を通じてますます顕著になった国民の価値観、政治観の二極化、内向化。ロシアのウクライナ侵略、ハマスへのイスラエルによる報復攻撃。バイデンの大統領選不出馬宣言。 五〇年にわたるアメリカの変転は、現在大学学部に在籍する諸君にとってほとんどが生まれる前の出来事であろう。しかし私にとっては成人してからの五〇年とほぼ重なる。アメリカ在住が長かったので、その時その場で経験したことも多い。大統領に就任したカーターがペンシルヴァニア通りを家族と共に歩いてホワイトハウスに向かう姿を、留学先の大学の友人たちと間近で見た。講演旅行の途次、ミルウォーキーの地元新聞社を訪れてすぐ、レーガンが撃たれたと報された。街中が重い空気に包まれていた。湾岸戦争開戦承認を巡る議会での討論をラジオの中継で聴いた。いつになく真剣な議員たちが次々に立ち発言する。民主党の議会リーダーが「私は海兵隊のレバノン派遣に賛成したが、翌年彼らの兵舎が自爆テロで破壊され二四一人が死んだ。だからこの決議にどうしても賛成できない。しかし諸君には自分の信念に添って投票してほしい」と述べた。党派を越える重い決断に涙が流れた。2001年9月11日の朝、ワシントンの空港から講演のためニューヨークへ向け出発する直前、搭乗機から強制的に下ろされた。ロビーで世界貿易センタービルの一棟が崩壊しつつあるテレビニュースの画面を見て、同時多発テロ事件勃発を知った。こうした経験をアメリカ国民と共有して、私は幾分かアメリカ人になったような気がする。共通の経験は友情を生む。 三〇〇ページを超える本書は情報満載である。焦点を見失う読者がいるかもしれない。それを防ぐために著者は構成を工夫している。第一にフォードからオバマまで七人の大統領に一章ずつ割き(ただしトランプとバイデンは最終章でまとめて論じている)、一人一人の来歴、大統領就任に至る経緯、実現を目指した目標、政権の主要人物、内政外交の展開と主要事件、日米関係、次期大統領との交代などを順番に記すから、読者は通読後に興味のある項目をいわば縦に再読して比較できる。新しい発見があるだろう。 また2024年までの半世紀に活躍した大統領について描くなら当然とは言え、フォードから物語を始めるのは珍しい。アメリカ現代史を描く著作がほぼ必ず言及するケネディやニクソンには第一章で多少触れるのみだ。しかし泥沼化したベトナム戦争に翻弄され国論の分裂が危機的状況にあった時代が、大統領権限を濫用し憲政上の危機を招いたニクソンの失脚を契機に終わり、フォードが就任した。こうして新しい五〇年が始まったというのは、新鮮な視点である。しかも著者が「われわれは1974年に舞い戻ったのであろうか」と自問する通り、1974年と五〇年後の2024年には興味深い共通点が多い。 著者はさらにいくつかの主題や視点を用意した。プロローグで本書は比較大統領外交史であると、その性格を明確にした上で、全編を通じ「世代交代」「前任者の影響」「内政の保守化」「衰退と分断」などのキーワードを繰り返す。連邦議会、最高裁判所、州との関係に触れる。アメリカとロシアの大国化についてのトクヴィル、中国の将来に関するラッセル、冷戦の行方を考えるケナンの予言に、「アメリカ人はあらゆる可能性を試した後に、常に正しいことをする」というチャーチルの言葉を加えて、果たして次の半世紀後にこれらの予言が当たっているか、同盟国としてアメリカと緊密な関係を築いてきた日本は何をなすべきかを、読者に考えさせる。 トクヴィルは『アメリカのデモクラシー』序文の最後で、「彼らが明日のことにかまけるのに対し、私は思いを未来に馳せたかった」と記した。来たる大統領選挙でハリスとトランプのいずれが勝つかが、今盛んに論じられているが、著者はトクヴィルと同様に、もっと遠くを見ているようだ。 [レビュアー]阿川尚之(慶應義塾大学名誉教授) あがわ・なおゆき 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
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