医療用の吸血ヒル、ドレスの柄になるほど大人気だった19世紀欧州の「万能薬」の末路
絶滅の危機に
ヨーロッパの医用ビルは人気があったものの、商業化には適していなかった。この種は半年に一度しか血を必要とせず、繁殖年齢に達するまで2~3年を要した。使用済みのヒルはしばしば水路や池に捨てられ、理論的にはそこで繁殖できたが、乱獲と、湿地帯を農業用地とするため干拓や再開発が進んだこと、さらにそれに伴ってヒルが主に血を吸う相手だった両生類が減ったことにより、ヒルは急激に減少した。 医用ビルを絶滅から救うため、19世紀のヨーロッパの一部の国では、ヒルの輸出を禁止したり、収集を規制したりする史上最初期の野生生物保護措置が実施された。1848年にはロシアが、ヒルの主な繁殖期である5月から7月まで収集を禁止した。 しかし、これらの措置だけでは不十分だった。1900年代初頭までに、医用ビルはヨーロッパの多くの地域で絶滅の危機に直面した。そして、英国やドイツ、スウェーデン、オランダからは姿を消したと誤って信じられた。 ヒル治療がヨーロッパと米国を襲ったコレラの流行を抑えられなかったこともあり、ヒルはついに第一線の治療法としての地位を失った。医用ビルは、より限定的な用途で使われることになった。20世紀初頭には、ヒルが理髪店で販売され、目のまわりのあざの治療法として勧められた。 現在、医用ビルは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「近危急種(near threatened)」に指定されている。その生息域は依然としてヨーロッパ全域に広がっているが、地元での収集圧力に加え、湿地帯の破壊、気候変動、血を吸う相手である哺乳類や両生類の減少などの差し迫った脅威にさらされている。 ヒルは現代医学でもいまだに使用されており、特に移植や形成外科での手術の際に役立っている。しかし、現在のヨーロッパや米国では、研究所でヒルを繁殖させることが多い。
文=DINA FINE MARON/訳=杉元拓斗