野村克也が語る「上田利治」
『令和』は野球にもってこいの元号?
昭和の名将だった上田利治/写真=BBM
この号が、記念すべき『令和』第1号の週刊ベースボールになる。 新元号が『令和』と聞いたときは、正直まったくもってピンとこなかった。『明治』『大正』『昭和』『平成』ときて、『令和』。出だしの“れ”が、私にはなんとも言いづらい。『令和』は皆さんもご存じのとおり、『万葉集』の一文から取ったという。「令」自体には「言いつける、おきて、立派な」といった意味があるそうだ。私など、「令」の付いた言葉といえば、どうしても「命令」「号令」を思い浮かべてしまうのだが、「相手を敬う」意もあるし、「冷静」の「冷」の字にも使われている。「和」はチームの「和」。そう思うと、『令和』は野球にうってつけの元号ではないか。 振り返れば『平成』になったときは、新しい元号に、まったく抵抗がなかった。特別根拠はないのだが、むしろ『昭和』よりピンとくるものがあったほどだ。『平成』の元号を考えた方は、良い仕事をしたと思う。 さて今回は、読者からの質問にお答えしたい。本当は「読者からの質問・令和第一号」と言いたかったところだが、質問は平成時代にいただいたものだ。 「『名選手、名監督ならず』という言葉がありますが、名選手ではなかったのに名監督になった方を野村さんはご存じですか? メジャー・リーグではそういう方が結構いると聞いたことはありますが、日本ではやはりある程度一軍で活躍した人ばかりのような気がします」(O・Mさん) 代表的なのが、1970年代から80年代にかけ、阪急ブレーブスを5度の優勝、3年連続日本一に導いた上田利治だ。徳島・海南高から関西大に一般入試で合格した秀才だった。関大では、のちに阪神のエースとなる村山実とバッテリーを組んだ。もともと弁護士を目指していたという話もあるほどで、関大を主席で卒業したと聞く。 上田は広島カープに入団した当初・・・
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週刊ベースボール