「人間の言葉が通じていたような気がする」看板猫旅立つ…矢田寺北僧坊に小さな墓
アジサイが見頃を迎えている矢田寺(奈良県大和郡山市)の塔頭(たっちゅう)の一つ、北僧坊で、長く参拝者に愛された雄の飼い猫が今年3月に旅立った。敷地内に設けられた墓には、生前の感謝を伝えようと、今も多くの人が訪れている。(遠藤絢子) 【画像】生きていた頃の「潤琉」=寺本敦子さん提供
塔頭奥の中庭に、花で飾られた小さな墓がある。そばには茶色の毛と長くて太い尻尾が見事な猫の写真。名前は「潤琉(うるる)」という。北僧坊住職の寺本法昭さん(40)の母・敦子さん(67)が長年世話をしてきた。
メインクーンという品種で、当時飼っていた猫の子として2005年8月に誕生。ちょうど法昭さんら子ども3人が進学などで実家を離れていた時期で「ぼーっとしている私に生きる力をくれた」と振り返る。
北僧坊が「猫寺」になったのは約30年前。裏手の小屋に居ついた野良猫に、猫の好きな敦子さんが餌を与え、冬は毛布や湯たんぽで温めた。一時は30匹以上いたが、犬に襲われたり宿替えをしたりして激減。幸い、潤琉は生き残った。
「『うっちゃん』は人間の言葉が通じていたような気がするんです」と敦子さん。子どもが学校に行く際、「そろそろ出るよ」という敦子さんの声でどこからともなく見送りに現れたり、寺を訪れた写真家の指示に従うようにアジサイの前でポーズをとったり。
3年ほど前には約4か月間、毎週土曜に欠かさず潤琉に会うために北僧坊を訪れていた介護職員の高齢男性も。男性は訪れるたび、玄関前の階段に座って潤琉をなでながら、仕事の悩みをこぼしていた。その後、「この子に聞いてもらって気が楽になった。おかげで別の働き口を見つけられました」と、潤琉の好物を持ってお礼に来たという。
約10年前、猫の雑誌で紹介され、愛猫家の間で知られる存在になった。参拝者のなかで認知度も上がり、定期的に寺を訪れる近所の飼い犬の友達もできた。
この夏で19歳だったが、2月頃に調子が悪くなり、黄だんと診断された。食べ物を吐き出すようになって体重も3分の1まで減少。3月14日、敦子さんの腕の中で息を引き取った。