Tyla衝撃の初来日を振り返る 南アフリカ文化を背負う次世代スター、サマーソニックで躍動
アマピアノがかつてない音量で鳴り響いたことの意味(audiot909)
サマーソニックにおけるタイラのパフォーマンスは、次世代のスーパースターの誕生を告げる事件であった。卓越した歌唱力と華やかなビジュアル、ダンサーたちの圧倒的なパフォーマンス、そして巧みに構成されたセットリストはどれを取っても超一級品だった。 この日のライブは予定通り18時35分に開始。オープニングを飾ったのは「Safer」。この楽曲はアマピアノのトレードマークであるベースサウンド、ログドラムが特徴的な楽曲である。日本でかつてない大音量でログドラムが鳴り響いたことに、この時点で感無量だった。 序盤で驚いたのが3曲目の「Thata Ahh」。これはアルバム未収録の楽曲で、ShaunMusiqらによるタイラをフィーチャリングしたトラック。ShaunMusiqはいわば南アフリカの最先端アーティストで、幕張メッセでこの楽曲を聴けるとは思ってもおらず、信じられない気持ちになった。 その後「Ke Shy」がプレイされ、アルバム以上にアマピアノの要素が強いセットとなるかと思いきや、その後アリーヤの「Rock The Boat」のトラックに合わせてタイラが「On And On」をマッシュアップのような形で歌う。ローカルの最先端のセンスを示した直後に、世界的にヒットしたグローバルなポップスを並列に置く鋭いセンスがあまりに見事だった。 そして注目すべきは、アルバムの中で最も南アフリカのアマピアノに接近した楽曲「To Last」。弧を描くようにグルーヴするログドラムがこの曲の魅力だが、タイラがそれに合わせてダンスすると、会場からは一際高い歓声が上がった。観客がログドラムそのものに反応したというより、タイラのダンスパフォーマンスに湧き上がったのだろうが、ログドラムに合わせてこれほどの歓声が起こる日が来るとは全く想像できていなかった。 アマピアノは元々、南アフリカのハウスミュージックから派生した音楽である。MDU aka TRPというプロデューサーがFL Studioのプリセット『Log Drum』をベースサウンドとして活用することを発見し、ジャンルとしてのアイデンティティを確立した。本来はややチープなパーカッションを模したこのサウンドを、ベースとして活用するとダンスフロアで驚くほど「鳴る」のだ。この発見以後、アマピアノは南アフリカ、そして世界で爆発的に広まった。 南アフリカのアーティストたちは、ハードな環境の中でFL Studioを駆使し、大胆な発想で誰も聴いたことのないサウンドを生み出した。これは現代のTB-303、TR-808、TR-909の神話に匹敵する出来事と言っていい。その世界の覇権を握ったログドラムが幕張メッセで鳴り響き、観客がタイラの動きに合わせてログドラムの音を手で追いかけるような仕草をする。タイラが「ジャンプ!」と促すと、ログドラムに合わせてサマーソニックという巨大フェスの会場全体が揺れた。長年アマピアノを追いかけてきた筆者にとって、まさに衝撃的な光景だった。 そこから、バックダンサーたちをフィーチャーしたダンスパフォーマンスのセクションへ。タイラが「南アフリカのカルチャーを感じ取って欲しい」と語ったあと、流れたのは「Bana Ba」。これもShaunMusiqらが手がけた極めてディープな質感のトラックだ。 ただポップミュージックとして売り出すのであれば、このような尖った表現をするアーティストの楽曲を扱う必要はない。これはポップミュージックの王道を歩みながらも、自身のアイデンティティである南アフリカの音楽やカルチャーを世界に一緒に連れて行くという意思表明であると筆者は読み取った。 ダンスチームのスキルも素晴らしく、幕張メッセの観客が歓声を上げた事実は、極めて印象的だった。南アフリカの人々が踊りとダンスミュージックを深く愛していることを考えると、アイデンティティが色濃く反映されていることを強く感じる場面だった。 そして、世界の頂点を取った「Water」が披露される。無論この日一番の歓声をもって迎えられたが、ライブ版の「Water」は一味違う。最後に新しいパートが追加され、ダンサーたちと共に素晴らしいパフォーマンスが繰り広げられた。このパートは「Water」のバカルディパートとでも呼ぶべき箇所で、「バカルディ」とは南アフリカのプレトリアで流行した音楽/ダンスジャンルを指す。現代のアマピアノに大きな影響を与えたカルチャーでもあり、タイラ自身もフェイバリットに挙げている。 このように自身が育った環境で得たものを世界に通用するポップミュージックへと反映させるタイラと彼女のチームへ深い敬意を払わずにはいられない。 筆者は以前Rolling Stone Japanに寄稿した記事で、アルバムはアマピアノ、アフロビーツ、R&B、ポップスをクロスオーバーした全く新しい音楽であると紹介した。だが、ライブでの印象は想像よりずっとアマピアノのエッセンスが組み込まれており、何より南アフリカのアーティストであることを強い意志で示されたものであった。 このライブレポートを通じて、タイラの素晴らしいパフォーマンスと、彼女の美学の一端を感じ取っていただければ幸いだ。今回の初来日をきっかけに、南アフリカのカルチャーが日本でも知られるようになり、タイラの再来日公演が行われることを強く願っている。
Kaori Komatsu, audiot909