映画『悪は存在しない』インタビュー【前編】 濱口竜介監督が語る、石橋英子との共犯関係。
──メインテーマを繰り返し使うことは、どの段階から考えていらっしゃいましたか? 上がってきた段階ですかね。よい具合に曖昧さを含んだ音楽で、とても美しいけれど、不穏でもあるし、物悲しくもあるけれど、そこまでセンチメンタルではない。いろんな場面にはまる可能性を感じ、何度もかけていこうと思いました。 ──オープンな依頼にもかかわらず、「この映画にはこの音楽しかない」というようなメインテーマが出来上がったというのは、なんだか感動的です。 いや、本当に私も感動しました。なんというか、思いが通じたような。明確な意味づけを拒む映像を撮ったつもりなんですけど、石橋さんはそれをちゃんと汲み取った上で、展開の一つ一つが安易な方向に行かず、でもとても気持ちいい音楽を作ってくださった。すべてが報われたような気持ちがしましたね。 ──あとお聞きしたかったのが、反復されるシーンの音についてです。主人公の巧(大美賀均)が薪割りをするシーンは2度ありますが、2度目の薪割り中にグランピング場を計画中の芸能事務所の人たちが訪ねてくる時は、1度目にはなかったノイズが聞こえます。あれはなんの音ですか? 飛行機の音です。撮影中、ちょうど飛んできたんですけど、普通の撮影だったら、その時点でNGなんですよ。でも、かなりのロングテイクだったし、幸いセリフもほとんどないし、「このまま撮るか」という感じで続けて。結果として、そのテイクが一番よかったんですよね。実はもともと、本編からは落としたんですが、巧の娘である花(西川玲)が飛行機を見ているシーンもあったんです。あの静かな空間の中ですごい音がするって、飛行機やヘリの音とか、たまに猟銃が響くとか、それくらい。飛行機の音を入れようと思って入れたわけではないんですけど、結果として場面ともすごく合っている気がして、そのまま使っています。むしろ入ってきてくれてありがたかった。