〈日本人の海外流出は危機なのか?〉固定観念を乗り越え多様性で日本社会の変革を
かつて、クリスチャン・ディオールやフェラガモなど、「ラグジュアリーブランド」の業界で働いていた得能摩利子氏は現在、複数の日本企業の社外取締役を務めている。双方の立場を経験したからこそ、今の日本人に伝えたいことがあるという。 編集部(以下、──)なぜ外資系から日本企業への復帰を決めたのか。 得能 私は1990年から2016年まで、仏・米・伊の外資系企業に在籍し、様々な経験をさせてもらった。外資系では日本企業と異なり、男性女性に関係なくチャレンジングな仕事に取り組める環境があった。 おそらく、日本企業で同じ時間をかけても、外資系にいた時と同じような経験値を積むことはできなかっただろう。その意味で、在籍した企業にはとても感謝している。 一方で、いくら成果を出しても、生み出した利益は、日本ではなく、本社がある国の〝富〟になる。つまり、究極的には、いくら頑張ってもその国のために働くことになる。 そうした複雑な思いを抱く中、「そろそろ日本のために働きたい」「日本企業をさらに強くするために自分の経験を生かしたい」という思いが自然と強くなっていった。 そうした経緯もあり、現在では、外資系にいた頃とは全く異なる業界の日本企業の社外取締役を務め、どのような貢献ができるのかを考え、実践することに全力を注いでいる。 ──現在、日本人の〝海外流出〟ともいうべき事態が続いている。 得能 様々な事情があるのだろうが、本来日本にいて活躍してほしい人が海外に流出することは、同じ日本人として寂しい思いだ。 ただ、そのことに危機感を持ち、問題視することを続けて良いのか。自戒を込めて申し上げるが、日本人はそうした発想からそろそろ抜け出すべきではないかと感じている。 幸か不幸か、現在、日本企業では転職が盛んだ。雇用の流動性が高まり、様々な人材が様々な会社で活躍できるチャンスが広まり、昭和型の古い価値観に縛られた企業は選ばれなくなりつつある。それは、いい意味で、企業経営者らに無言かつ確実に変革を迫っているともいえる。 そうした動きと同様に、日本人はもっと自由に、もっと軽やかに海外に出て、活躍すればいい。そして外国人であっても、日本社会で大いに活躍できる国づくりを目指し、変革を促していくべきである。当然のことながら、人手不足の穴埋めで都合よく外国人労働者を受け入れるのではなく、同一労働・同一賃金を目指すなど、フェアに受け入れることが必要であることは論を俟たない。 さらに踏み込んで言えば、海外に出た日本人は日本に帰りたくなったらいつでも帰ってくればいいし、海外に移住し、その国の方がいいと感じるのであればそのまま住み続ければいい。「それでは日本が選ばれなくなるではないか」という懸念もあるだろうが、逆に言えば、日本の努力次第で、日本人にも外国人にも選ばれる、魅力的な国にすることができるということだ。 確かに、海外に出た日本人に対して、日本に戻ってきてほしいという気持ちを抱くのは、ごく自然なことである。優秀な頭脳や技術を持つ日本人であれば、なおのことだろう。事実、私もそう思う時がある。 しかし、この発想の根底には、「日本人こそ優秀」「日本社会・日本企業は、日本人で構成されるべきもの」という単一性の考えに縛られている面があるのではないか。私は、この日本人優位ともいうべき発想を変えなければ、新たな未来を切り拓くことはできないのではないかと思う。 日本を出ていく人、日本に入ってくる人、帰ってくる人に〝寛容〟であればあるほど、むしろ人材交流の頻度は高まり、結果的に日本をより良い社会に変えていく機運が高まるはずだ。そして、日本人が海外で活躍すればするほど、彼らが「日本の顔」となり、国際社会における日本の地位を高めてくれる。米大リーグ・ドジャースに所属する大谷翔平選手はその一人であろう。日本人の中には、大谷選手に今後ももっと米国で活躍してほしいと願っている人も少なくないはずだ。 ──日本人と外国人がもっと混ざり合う「場」が重要なのか。 得能 その通りである。日本社会、日本企業では今、「多様性の重要性」が叫ばれている。 そうであるならば、異なるバックグラウンド、異なる意見を持つ日本人同士はもちろんのこと、日本人と外国人ももっと混ざり合うべきだ。