【連載 泣き笑いどすこい劇場】第27回「その気持ち、分かります」その2
マスコミに大きく取り上げられる、というのも力士にとっては大きな喜びであり、元気の素
いやあ、その気持ち、よく分かるよ、と肩の一つも叩きたくなるような、納得がいく話でも紹介しましょうか。 勝負をしているワケですから、土俵の周りは不本意なことだらけです。 時には、ワナワナと怒り狂い、あるいは喜び過ぎて脱線することも。 でも、そうなるには、ちゃんと理由が。 そんな人間の心のひだをつまびらかにするような面白エピソードを。 ※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。 【泣き笑いどすこい劇場】第7回「母」その3 怨みます ベテラン力士にとって、追いかけ、追い抜いて行く積み重ねの記録も、大きな励みでありエネルギー源だ。平成19(2007)年夏場所10日目、大関千代大海(現九重親方)は大関魁皇(現浅香山親方)を突き落として8勝目を挙げ、ワーストタイの通算10度目のカド番をクリア。同時に大関在位新の51場所を確定した。この場所がちょうど当時の史上最多記録の貴ノ花とタイの50場所だったのである。 見るからにホッとした表情で引き揚げてきた千代大海は、 「最高にうれしいな。今回はいいほうと、悪いほうの、両方の記録がかかっていたからねえ。31歳で迎えるカド番でどうなることかと心配したけど、とりあえず勝ち越せて、肩の荷が下りた。でも、考えてみたら、魁皇関は3場所前、34歳でカド番を切り抜けているんだよね。それを考えたら老け込む年じゃねえ。まだまだ上を狙わないと」 と自分を叱咤してみせた。 取り囲む報道陣の輪も大きく膨らみ、にこやかに話す千代大海の顔は、これで明日のスポーツ面のトップはオレで決まり、と半ば確信したそれだった。マスコミに大きく取り上げられる、というのも力士にとっては大きな喜びであり、元気の素なのだ。 ところが、その“千代大海ワンマンショー”が終わりに近づいた結びで、全勝の横綱朝青龍が東前頭4枚目の安美錦(現安治川親方)に敗れる大波乱が起こった。不覚を取った朝青龍が悔しさのあまり、花道の途中で飛んできた座布団を思い切り左足で蹴り上げて、 「邪魔だったから、どけただけだ」 と、うそぶいたことを覚えているファンもいるかもしれない。支度部屋のテレビでこれを見た千代大海も思わずうなり、こう言うと肩を落として帰り支度を始めた。 「あっ、安美錦のヤツ、オレの記事を取りやがった。これでオレの記録の記事が薄くなるじゃねえか」 他人の栄光は我が身の不幸。この千代大海の予感は的中し、翌日のスポーツ面のトップは安美錦が朝青龍から金星を挙げた記録が華々しく飾った。 月刊『相撲』平成25年1月号掲載
相撲編集部