〈ネット民こそ最強のパワハラ上司!〉パリ五輪で露呈、アスリートの「名言」や「感謝の言葉」を求め過ぎていないか?
オリンピックの選手たちの談話は、定型化してきた。最初に「おめでとうございます」といったインタビュアーからの言葉に対して、お礼を述べる。次く質問に答えて、勝負所でどんな心境で戦ったかを語る。 そして、最後に、これがもっとも重要なのだが、「応援してくださったファンの皆さん、ありがとうございます。皆さんの支えがあって、今日、勝つことができました」というように、ファンに感謝の言葉を送って、締めくくるのである。
メディアが求めるもの
今回のオリンピックでは、10代の選手の活躍が目立った。彼ら、彼女らがマイクに向かって話す機会も多かった。競技を見れば彼らが世界のトップ選手であることは明らかで、他国の選手たちも格別のリスペクトをもって、日本選手のパフォーマンスを見ていた。 インタビューの受け答えは上手とは言えなかったが、それでもパターンを踏んでいた。失言したり、ファンが機嫌を損ねたりするような発言はなかった。インタビュアーは、時折、ウケ狙いの変則的な質問をしていたが、気の利いた返答ができるはずもなく、巧みにかわすこともなく、少し沈黙が流れることもあったが、それでも無事終わっていた。 インタビュアーが欲しいのは「定型的回答」ではなく、ニュースになりそうな「名言」である。1992年のバルセロナ競泳競技で、岩崎恭子選手が金メダルを取ったとき、この無名の中学生は「今まで生きてた中で、一番幸せです」と語った。この発言は一世を風靡し、今日まで語り継がれるの名言となった。 しかし、本人は名言を発する意図などない。この発言をセンセーショナルなものにしたのは、メディアである。
選手にとって最も重要なコンディション管理
そもそも選手は、芸能人でもなければ、政治家でもない。「名言」を期待されなければならない立場にない。 試合の前は競技に専念したい。試合の後は、休んで、眠って、次の競技に備えたい。あるいは、荷物をまとめて、帰国の途に立ちたいのである。 選手たちは、試合の前後は、コンディション管理のために概日リズムを考慮して24時間×数週間の厳格なスケジュール下に置かれる。選手も人間であり、24時間のうち12時間は交感神経優位、残りの12時間は副交感神経優位である。この原則は変わらない。 したがって、交感神経優位の時間帯を試合の時刻に合わせること、それに応じて、食後血糖値の推移、血糖値変動に伴う運動パフォーマンスの変動を考慮して、食事の時刻も決定される。食事に合わせて起床時刻が決定し、そこから逆算して就床時刻が決まる。 睡眠は、競技の性質にもよるが、筋の疲労回復を考慮して10時間前後は必要になる。こうして、起床、朝食、午前の練習、昼食、仮眠、午後の練習、仮眠、夕食、入浴、就床等が決まる。 体調は、数日後に行われる競技の時刻に心身のピークが来るように計算される。練習による疲労、睡眠・仮眠による疲労回復を考慮しつつ、競技の前にいったん調子を落として、そこから徐々に上げていって、当日に最高のパフォーマンスを実現させる。 このように綿密に計算された日課をこなしている選手たちであるから、試合前の取材は負担以外の何ものでもない。事前にスタッフがインタビュアーの質問を聞いていて、それに対する模範解答も用意している。 インタビューの際に選手たちが無用な神経を使わないように、「こう聞かれるから、この通りにしゃべるように」と助言している。しかし、試合前の緊張感に包まれた選手たちにとっては、模範答案の丸暗記すら負担となる。 試合前の取材よりもいっそう困難なのが、試合後のインタビューである。競技に神経をすり減らして、疲労困憊している。できることなら、一日中眠っていたい。しかし、それをメディアは許してくれない。 メダルでもとろうものなら、最悪である。次から次へとテレビに出演させられ、しかもすべて生中継である。撮り直しはきかない。 同じことを聞かれ、同じように答えさせられる。答える内容は、例によって教えてもらっているから、その通りに言えばいい。しかし、カメラの前で作り笑いを見せなければならない。 すべては、同時進行で配信される。座り方、話し方、態度、どれ一つとっても、落度があれば、直ちにたたかれる。油断も隙もならない。皆様のご期待に応えて、努めてさわやかなアスリート、栄光のメダリストとして、ふるまい続けなければならない。