ポストコロナ時代の暮らしを考える。「人文と建築の本」2冊【GQ読書案内】
編集者で書店員でもある贄川雪さんが、月にいちど、GQ読者にオススメの本を紹介します。 【写真つきの記事を読む】
■著=ユ・ヒョンジュン、訳=オ・スンヨン『空間の未来』(クオン、税込2,200円) 韓国のベストセラー まず紹介したいのは、韓国で10万部を超えるベストセラーとなった『空間の未来』だ。著者のユ・ヒョンジュンさんは韓国の建築家で、テレビのトーク番組などにも出演し、高校生からK-POPアイドル、知識人まで、幅広い人気を集めているという。 本書は、著者がコロナ禍という危機の中で模索した、より良い社会や暮らしのための空間のあり方を綴った、とてもユニークなエッセイ集だ。ポストコロナ時代の暮らしに必要な「庭のようなバルコニーのあるマンション」や「拠点サテライトオフィス」といった身近に思える空間も登場するが、「地上に公園を生み出す自動運転地下物流トンネル」といった、近未来的な構想も登場する。賛否が分かれそうな内容もあるけれど、具体的に提案されているからこそ、「じゃあ自分ならどんな空間にしたいだろう?」と考えながら読み進めることができる。 特に興味深かったのは、都市の無秩序な拡張を抑えるために「グリーンベルト」を設け、自然に接したその境界のみを開発して誰もが自然に触れながら暮らせる「エッジシティ」を作っていこう、という提言だ。さらに著者は、韓国と北朝鮮との間にある非武装地帯(DMZ)こそ、エッジシティ化し、南北の交流の場に変えようと提案する。置かれた状況は違うけれど、日本には、政治的な問題にこんなふうにコミットする建築家が今いるのだろうか、と思わされる。シリアスで重苦しい雰囲気もなく、自然で当たり前に、空間を通して人と人が繋がるにはどうすればいいかが楽しそうに語られている。これこそ本書の最大の魅力であり、著者の人柄が垣間見える部分だ。空間に関心がある人みんなに「楽しんで読める」とおすすめできる一冊だった。 ■本田晃子『革命と住宅』(ゲンロン、税込2,970円) 体制下の環境のリアルを知る 次に紹介するのは、ソビエトあるいはロシアの建築を扱った『革命と住宅』だ。著者の本田晃子さんは、主にソ連の建築史を専門とする研究者で、本書はWeb批評誌『ゲンロンβ』での連載「革命と住宅」と「亡霊建築論」を一冊にまとめたもの。2022年2月から続くロシアによるウクライナ侵攻を受け、解釈の変更を修正したうえで出版された。 第一部の「革命と住宅」では、ソ連の誕生から解体までの建築や住宅の歴史が描かれる。ソ連という実験的な社会主義国家の理想と、ソ連型団地をはじめとする政策住宅の現実とのはざまで、人々はどのように暮らしていたのか。史料を丁寧に追いながら、その様子が明らかにされていく。個人がダイレクトに社会に接続することで対等なメンバーシップを形成し、一つの「大きな家」を形成しようとした社会主義にとって、個人の不透明な所有空間である「小さな家」とは解体すべきものだった。それは逆に言えば、「家」とは個人の存在とその自由を守る基礎的な拠点空間でもあるということだと、あらためて身に沁みた。 また第二部の「亡霊建築論」では、ある意味でこうした理想と現実の乖離から生み出されたとも言えるアンビルド建築(紙上建築)が取り上げられる。それは映画作品に亡霊かのように登場したり、「鉄のカーテン」を越えて日本の国際コンペティションへの出品作品となったりした。私自身、建築の勉強をしてきたとはいえ、まったく知らない建築や建築家が多数登場し、新鮮さかつ驚きを感じながらとても興味深く読んだ。本当に面白い。 博物館や宮殿のような権威を象徴しようとする建築と、政策の良し悪しあるいは実際の暮らしを映し出す庶民の住宅。両者を知ることで、体制下の環境のリアルを知ることが可能になる。個別の連載が有機的に接続し、読み応えある一冊になっていると思った。 贄川雪(にえかわ ゆき) 編集者。本屋plateau books選書とイベント担当・ときどき店番(主に金曜日にいます)。 本屋plateau books(プラトーブックス) 建築事務所「東京建築PLUS」が週末のみ営む本屋。70年代から精肉店として使われていた空間を自らリノベーションし、2019年3月にオープン。ドリップコーヒーを味わいながら、本を読むことができる。 所在地:東京都文京区白山5-1-15 ラークヒルズ文京白山2階(都営三田線白山駅 A1出口より徒歩5分) 営業日:金・土・日・祝祭日 12:00-18:00 WEB:https://plateau-books.com/ SNS:@plateau_books 編集・横山芙美(GQ)