アイドルグループ聖地の神社、2億円超の所得隠し。「源泉徴収」を怠った結果に待つペナルティとは
東京都北区の赤羽八幡神社(宗教法人八幡神社)が、東京国税局の税務調査を受け、2023年までの7年分で計約2億5000万円の所得隠しを指摘されたことがわかった。 赤羽八幡神社は「∞」の印がついたお守りや絵馬を販売。アイドルグループ「関ジャニ∞(エイト)」(現在はSUPER EIGHTに改名)のファンから聖地と呼ばれていた。 宮司は、さい銭やお守りなどの売上の一部を、法人の収入とせずに私的に流用。家計費や飲食、買い物などに充てられていたという。 東京国税局は、私的流用した約2億5000万円は、法人から宮司への「給与」にあたり、法人は所得税を源泉徴収する義務があったと指摘。重加算税を含め、法人と宮司に約1億3000万円を追徴課税したとみられる。 神社や寺院、教会であっても、宗教法人として給与や報酬を支払う際には、所得税を源泉徴収する義務が生じるため、源泉徴収漏れが指摘されたようだ。 ●一般企業や自治体でも発生。源泉徴収漏れの追徴税額は338億円あまり 一般的に、源泉徴収の対象となる給与や報酬、支払いに該当するものには、たとえば以下のようなものがある。 <支払いを受けるのが個人の場合> ・給与や賞与 ・報酬や料金等 ・弁護士、公認会計士、司法書士等へ支払う報酬・料金 ・プロ野球選手、プロサッカー選手、モデルや外交員などに支払う報酬・料金 ・役員や従業員に支給する食事代(給与の対象) ※役員や使用人が食事の価額の半分以上を負担し、かつ、食事の価額-役員や使用人が負担している金額=1か月当たり3500円以下であれば対象外 ・役員、役員や従業員の親族の学資に充てるための費用(給与の対象) 源泉徴収については、宗教法人に関わらず、一般企業や自治体などでも、個人事業主に支払った報酬や業務委託料等について、徴収漏れが度々発生している。 国税庁によると、源泉所得税の調査状況について、令和4年の実地調査の件数は7万2000件で、このうち源泉徴収漏れがあった件数は2万2000件となり、追徴税額は338億円に上ったという。 もし源泉徴収漏れがあるとどのようなペナルティがかかるのか、なぜこうした事態が起こってしまうのか、米森まつ美税理士に聞いた。 ●源泉徴収義務者の責任はとても重い ーーこの神社のケースでは、私的流用した計約2億5000万円は、法人から宮司への「給与」にあたり、源泉徴収漏れが生じたとしていますが、法人と宮司にそれぞれどのような追徴課税が課せられたのでしょうか? 「宮司個人に対しては、私的流用時(お守りなどの収入代金を費消した時もしくは個人の資産とした時)が、宗教法人から給与等を受けた日となり、その時点の『給与課税(所得税額の源泉徴収)』が漏れていたことになります。そこで、支払時に遡って給与の源泉所得税額等を算出し、追加徴収されたと考えられます。 宗教法人に対しては、徴収・納税しなかった源泉所得税等額に対して『加算税』と源泉所得税等の納期限(原則支払った翌月10日)から完納した日までの『延滞税』が徴収されたと考えられます。 また7年分ということは、給与とせずに宗教法人として源泉所得税等を納税しないことに『隠蔽・仮装』などの事実があったため、加算税は『不納付加算税』ではなく『重加算税』が課せられたのでしょう。 源泉徴収制度は、源泉徴収の対象とされている所得の支払いの際に、その支払金額から所定の方法により所得税額を計算し、支払金額から所得税額を差し引いて国に納付する制度です。 源泉徴収に係る所得税等を徴収して納付する義務のある者を『源泉徴収義務者』といいます。会社や協同組合である場合はもちろん、学校や官公庁であっても、また、個人や人格のない社団・財団であっても原則(※)全て源泉徴収義務者になります。 この源泉徴収義務は、所得(報酬)等の支払いを受けた者の確定申告等の有無に影響を受けません。 そのため、源泉所得税等を期限内に納付しなかった場合、源泉所得税等の負担者は報酬等の支払いを受けた者(今回の事例では宮司)であったとしても、源泉徴収義務者(今回の事例では宗教法人)は、源泉所得税等を納付する義務があり、また、期限内に納付を行わなかったペナルティ(加算税と延滞税)を負うことになります。源泉徴収義務者の責任はとても重いものとなるのです。」 ※個人で常時2人以下の家事使用人のみに対して給与の支払をする個人は、給与等の源泉徴収や弁護士報酬などの報酬・料金等については源泉徴収を要しないこととされている。 ●「職員へのスーツ支給」など、金銭以外の給与に注意 ーー宗教法人に限らず、一般企業や自治体でも源泉徴収漏れが発生するケースがありますが、なぜこのようなことが起きるのでしょうか。 「今回の事案は特殊でしたが、源泉所得税特有の課税漏れとして多いのは『現物給与の課税漏れ』だと考えられます。 給与は金銭で支給されることが普通ですが、物や権利その他の経済的利益をもって支給されることがあります。この経済的利益を一般に『現物給与』といい、原則的に給与所得の収入金額とされます。 ただし、下記(1)~(4)のような『金銭による給与と異なる性質』があり、また(5)のようなものもあるため、『特定の現物給与』については、課税上金銭による給与と異なった特別の取扱いが定められています。 (1)職務の遂行上欠くことのできないもので、主として使用者側の業務遂行上の必要から支給されるもの (2)換金性に欠けるもの (3)その評価が困難なもの (4)受給者側に物品などの選択の余地がないもの (5)政策上特別の配慮を要するもの この取扱いは個々の現物給与ごとに定められていますが、その規程を誤認したことにより課税漏れとなることがあります。“規定の誤認”の例として、次のようなケースがあります。 【1】ある自治体でスーツを職員に支給した 【2】食事の提供で会社の負担額が消費税額等を抜いて1か月当たり3500円超であったため給与課税の対象としたものの、消費税額等を抜いた金額で給与課税した ※消費税等抜き3800円(コンビニで購入した弁当・消費税等の税率8%)の場合、3800円を課税対象とした 【1】は職務上着用しなければならない『制服等』の取扱いを誤って適用したと考えられます。『作業着のような専ら勤務場所のみで着用するもの』であれば非課税ですが、スーツはそれらに該当せず非課税とすることはできません。 また【2】は、本人が半分以上負担し、かつ、『使用者の負担額が月額3500円以下(消費税・地方消費税抜き)』であれば非課税となります。 この月額3500円以下であるかの判定は、消費税額等の額を除いた金額をもって行いますが、給与課税する際には消費税額等込みの額とする必要があります(そのため、上記の例だと、3800円✕1.08=4104円が課税対象となります)。 このように、個々の現物給与に関しては特別な取扱いがあり、また細かい解釈などもありますので、支給する前には顧問税理士に確認することをお勧めいたします。」 【取材協力税理士】 米森まつ美税理士 2017年開業。記帳代行や申告書作成にとどまらず、「人を大切にする経営」をベースとした「経営計画書」と「未来会計」で中小企業を元気にすることを使命としている。 元国税OG、源泉所得税の審理を長く経験したことを生かし、法人税などの審理経験の長い税理士と共に「しんり(国税審理経験10年以上の税理士グループ)」(https://shinri-zei.com/)でも活動している。 また、源泉所得税の調査(源泉国際調査官)も経験しており、源泉所得税の調査案件に対しても源泉所得税の専門家として、同業の税理士からの個別相談も行っている。 事務所名 :米森まつ美税理士事務所 事務所URL:https://www.kaikei-home.com/yonemori-kaikei/
弁護士ドットコムニュース編集部