《ブラジル記者コラム》 次の4年間は日系社会の正念場か=G20を移民120周年への弾みに
2028年には移民120周年が控える
もう少し先、日伯外交130周年のわずか3年後には2028年、移民120周年だ。ここまでを一緒にして一つの大きなプロジェクトを打ち出すのも一つの手かもしれない。例えば、文協ビルの建て替えだ。文協ビルは1958年にご来伯した三笠宮殿下臨席のもと定礎式が行なわれた。以来、皇室関係者が必ず立寄られるブラジル日系社会を代表する建物だ。 その大講堂は1967年の皇太子殿下(現上皇陛下)ご来伯を記念して落成し、以来〝コロニアの殿堂〟になった。移民史料館も1978年に同殿下をお迎えして開館式を行なっている。 つまり、文協ビルは2028年には定礎式から70周年を迎える。一般的には鉄骨鉄筋コンクリート造りのビルの耐用年数は70年と言われている。そろそろ建て替えてもいい頃だ。2025年に建て替えプロジェクトを発表して、2028年に着工でもいいかもしれない。 文協の敷地は広いが本館、別館、体育館、駐車場が迷路のように入り組んでおり、一体性のある使い方をしづらい。可能であれば周辺の土地も買収して、一度全部壊して20階建てぐらいの近代的ビルに建て替えれば、今後70年間の日系社会の中心シンボルになる。 文協ビルのすぐ下にある客家センターはもちろん、その向かいのフリーメイソンのビルも建て替えられて最新式になった。その分、近年は文協ビルが余計に古臭く感じられる。 約20年前の2005年1月22月付ニッケイ新聞には《文協に日伯総合センター建設?!=東京在住天野鉄人さんが提案=20階建てツインビル「一億レアルは安い」》という記事が掲載された。 この文協ビルの建て替えをして20階建ての「日伯総合センター建設計画」は、今こそ実現してもいいのではないか。この計画には、日本政府と日系社会が一丸となって取り組み、後世に残す日系文化の伝統、シンボルタワーとして考えたらどうだろうか。
文協の土地は戦前に総領事館が入手した場所
元々この文協の土地は、日本政府が戦前に大正小学校を建設するために入手した場所だ。笠戸丸からわずか7年の1915年、戦前のサンパウロの日本人街だったコンデ・デ・サルゼダス街で宮崎信造が始めた大正小学校は徐々に拡大し、日本政府が認める学校となり、多くの日系児童が学び、ブラジル社会へと巣立っていった。この学校は1929年頃に現在の文協の土地に移転した。 そこには大正小学校に加えて、日本人寄宿舎も建てられていた。中銀理事を務めた横田パウロさん、連邦下院議員の野村丈吾さん、ジャーナリストの山城ジョゼさんらたくさんの戦後ブラジル社会、日系社会を支えた人材がここで学んだ。 大正小学校は日本政府によっててこ入れされ、日本とブラジル両方の卒業資格取得を目指す完全なバイリンガル校といっていい教育施設だった。総領事館の領事子弟とコロニア子弟が机を並べるような環境は今もって他にない。日本の師範学校を出た教師をブラジルに呼んで当地の師範学校も卒業させ、教鞭を執らせた。 2008年2月12日付けニッケイ新聞掲載の座談会《戦後コロニア再生の秘話――本永群起さんに聞く=「山本喜誉司の特命帯びて=地方1千カ所を回った」》(3)でも、次のように語られている。本永さんは文協創立者の山本喜誉司の右腕的人物で、勝ち負け抗争で分裂した日系社会を団結させるために、山本喜誉司の特命を帯び、体を張って全日系団体を回って説得する使命を負った。 《本永▼大正小学校は立派な学校だった。ピラチニンガ小学校(ブラジル籍の二世を代表にして没収を免れた)に名前を変えて、敵性財産として没収されるのを免れた。その土地をコロニアに戻してもらって、(文協という)コロニアの中心の建物たてるのに、いろいろグチュグチャあったけど、表面上はうまくできたから良かったよ。 ――最後まで坂田さんが抵抗されたとか。 本永▼あそこ最後までやっていた坂田さんというのには、へこたれたけどね。取り上げられないための苦労は相当あったと思う。時代が時代だから、はいどうぞ、お使いくださいとはいかない。 坂田さんは学校続けたかった。人情としてはいどうぞ、ってわけにはいかない。ほかに適当な土地はなかったし。元々総領事館が出した土地、大正小学校は公の土地だから》 「坂田さん」とは当時大正小学校の経営担当をしていた教師だ。 つまり現在文協が使っている土地は、戦前に在サンパウロ日本国総領事館が入手した場所だ。その場所に、日本移民120周年を記念して日本政府がビル新築支援をすることに、なんら不都合はないだろう。 現在ジャパンハウスが担っている日本文化発信機能を、このビルに持たせることも可能だ。日本政府がいつまでも自分で日本PRをするのでなく、どこかの時点で現地団体にその機能を引き継ぐのが理想だろう。 令和4年度行政事業レビューシート(試行版)(4)によれば、世界3館のジャパンハウスの運営費として36億7千万円が外務省予算として執行された。現時点では事業終了年度「予定なし」だが、無限に続くわけではないだろう。 ならば、現地団体にテコ入れして同様の機能を持つ組織に育て上げることを着地点にしてもいいのでは。単純計算して3分の1がサンパウロだとしても12億円だ。この半額だけでも数年間「日伯総合センター」に回して、ジャパンハウスが蓄積したノウハウと人材を活かして同様の機能を持つ常設施設にテコ入れしたらどうか。 かつてリベルダーデはパウリスタ大通りに比べて人通りが少ない場所だったが現在は違う。「南米有数の観光地」として栄えている。その一角に建つ文協の立地は、日本文化発信スペースとして決して悪くない。