伊藤匠叡王 藤井聡太が最も得意とする「必勝パターン」見れず…追い詰めた終盤力 針の穴を通すような正確な寄せ
【勝負師たちの系譜】 伊藤匠七段が藤井聡太叡王に挑戦していた叡王戦五番勝負第5局が20日、甲府市の湯村温泉『常磐ホテル』で行われ、伊藤が勝って初タイトルの「叡王」を奪取した。 【写真】第9期叡王戦五番勝負第5局で初タイトルを獲得してから一夜明け、会見で色紙を手にする伊藤匠新叡王 常磐ホテルは過去、将棋や囲碁のタイトル戦が多く戦われたホテルだが、番勝負の最終局でも快く引き受けてくれる、貴重な対局場でもある。 特にタイトル保持者が藤井になってからは、ほとんど最終局まで行かないから、今回は大当たりを引いたことになる。 叡王戦が始まるまでの2人の対戦成績は、1持将棋を入れて、藤井の10勝0敗。伊藤は過去2回のタイトル戦では、1勝もできずに敗れている。 しかし私は常々、一度追い抜かれた強豪より、若手の方が王者を打破する可能性は高い、と力説してきた。 昭和40年代に、無敵の大山康晴十五世名人を名人戦で破ったのは「若き太陽」と言われた中原誠十六世名人だった。平成の絶対王者の羽生善治七冠(当時)を最初に破ったのも、若手有望棋士という認識しかなかった、三浦弘行五段(当時)である。 今回伊藤が一番印象に残る一局は、初めて藤井に勝った第2局ではないだろうか。 変則的な角交換の形から藤井陣をうまく咎(とが)め、最後しっかり詰ませたときは、今まで感じていた苦手意識が、一度に吹き飛んだに違いない。 圧巻は第3局だった。終盤では藤井の優勢と見られていた将棋だが、受けを間違えてからは逆転模様。 その後も針の穴を通すような正確な寄せで勝ち切り、藤井を初めてカド番に追い詰めたのである。 第4局は良い所なく敗れたものの、最終第5局では、やはり少し悪そうな終盤戦でも崩れず、悪い方が逆に藤井を追い詰めている感があった。 このシリーズを見て感じたのは、藤井の最も得意とする、形勢の針が一旦60を超えると逆転することなく、きれいな放物線を描いて100に達する(勝つ)という必勝パターンが見られなかったこと。それだけ伊藤の終盤力が、藤井をも追い詰めるほどだったのだ。 最後、藤井が詰まないと知りつつ、いつまでも王手を続けたのが印象的だった。タイトルを明け渡す心の準備をしていたのだろう。