富田靖子と松下洸平が追求する「母と息子のリアリティ」...3度目の共演となった名作舞台「母と暮せば」の裏話から透けてみえる、互いへの格別な信頼関係
井上ひさしの「戦後"命"の三部作」として、"ナガサキ"を舞台に紡がれる母と息子の命の物語「母と暮せば」。2018年の初演、2021年の再演、そして2024年の再々演と、3度に渡って上演されてきたこまつ座の名作舞台の模様が、12月29日(日)に衛星劇場にてTV初放送(2024年版)される。 【写真を見る】富田靖子と松下洸平の魂の熱演が刻まれたこまつ座の舞台「母と暮せば」(2024年版) これまでに数多くの演劇賞を受賞する栗山民也氏が演出を手がけ、母・伸子役を富田靖子、息子・浩二役を松下洸平が務める本作。息の合った芝居で親子を演じる2人に、3度目のタッグとなる今回の手応えやお互いの関係性について話を聞いた。 ――2021年の再演の際、栗山さんの演出が「親子の距離をより近く、リアリティを追求する形に変化した」ということをお伺いしました。2024年の再々演はいかがでしたか? 富田「より一層、その感じが強くなっていたかもしれないです。例えば声の大きさ。家の中ではそこまで大きな声は出さないと思うので、音の部分はすごく演出が入っていたのかなって」 松下「声に関しては確かに栗山さんが前回より気にされていた気がします。僕らもやりながら『ちゃんと後ろまで聞こえているかな?』と心配になるくらい、(隣の富田さんと自分を指して)本当にこの距離で話しているようなボリュームでお芝居をしていました」 ――観る側も、より集中して作品に入り込めそうです。 松下「僕も靖子さんも、"だから作品に没頭できた"というのもあると思いますし、僕たちがよりリアルな時間を過ごすことで、観客はタイムマシーンに乗って当時の2人を覗き見してるような感覚になれるのかなと。そしたら、母と息子のやり取りや、当時の様子に近いものをより濃くお届けできて、観る方の記憶にも残るものになるのではと思っていました」 ――3度目で、ご自身のお芝居に変化を感じる点はありますか? 富田「初演の時になぜこれができなかったんだろう...そう、悔やまれることはあります。でも当時はセリフを体に入れることで精一杯で、自ら動いて『こうしたらどうだろう?』と考える余裕もなく。終盤に来てやっと『こういう方法もあったかも』と少し思えるようになったところで終わったんです。 アワアワしているうちに過ぎた初演と比べたら、今は舞台がゴールに辿り着くために自分がやらなきゃいけないことをどこか冷静に見ることができているかもしれません」 松下「僕は今回でようやく"セリフが150%ぐらい入ったな"と思っています。ある意味ちょっと怖い現象でもあって、油断するとそこに想いがないまま勝手に言葉が出てくるのが危険だなとも思いつつ、相手が喋っている間に『次の自分のセリフなんだっけ?』と思わないのは素晴らしいことだと思いました。余裕ができたので靖子さんの言葉を100%で聞けるんですよ!全力で」 富田「怖いな~(笑)」 松下「ドラマのセリフも一緒に覚える時に、マネージャーに読み合わせに付き合ってもらうことがあるんですが、相手が話している時に次の自分のセリフをまだ考えていて...。その状態のうちは会話劇にならないんだと、最近はすごく実感しています。 普段誰かと喋っている時も、何かの景色を想像したりする余裕があるのは豊かだなと思いますし、今回、靖子さんがセリフを言っている時に色んなことを考えられるのはすごくいいなって」 ――母の言葉により耳を傾け、その感情を慮れるということもあるのでしょうか? 松下「はい、まさに。靖子さんの背中を見ながら、今どんなことを思って喋っているのかなと考えたりします。初演はもちろん再演の時もまだやっぱり緊張していたし、探っている部分もあったと思うのですが、今回はそういうことを何も考えずにやれているのが自分でも成長したなと感じています」 ――初演から6年が経ち、2人の絆や関係性も深くなっているのではと想像します。本番期間中、楽屋裏ではどのようなコミュニケーションを取っていますか? 富田「それこそ初演時はめちゃくちゃコミュニケーションを取ったんです。お互いが何者なのか、どんな考え方をしているのか...。台本の一つ一つに対しても細かく話し合った記憶があるんですけど、それ以降は全くナシ!」 松下「あはははは。ないですね」 富田「必要性がなくなった...と言う方が正しいかもしれないですね。『母と息子の関係ってどう?』みたいなことももう聞かないですし、再演ぐらいから作品の話は裏でしなくなったかも」 松下「3度目に至っては、会場ごとの声のボリュームだけすり合わせた感じで、それ以外はほぼなかったと思います。というか、すり合わせなくても大丈夫になった。あと、僕の個人的な感覚で言うと、その日の自分の出来が今一つだったりすると、靖子さんが何となく察してくれているような気がするんです。...気のせいですか?」 富田「(即答で)気のせいです」 松下「気のせいでした(笑)。でもそういう"今日はいつものように乗り切れない"みたいな時、靖子さんが引っ張ってくれているような気が僕はしていたんです」 富田「確か初演の時だったと思うんですけど、私、栗山さんが仰っていたことがすごく記憶に残っていて。自分たちが"今日すごくいい"と思っても、そういう時に限ってお客さんはそうでもないってことが往々にしてあるから、自分たちの感覚だけに頼ってはダメだと」 松下「それ、僕も覚えています」 富田「だから逆に、松下くんが"イマイチだった"と思っていてもお客さんはすごくいいと感じているかもしれない。稽古の積み重ねや、初演・再演でやってきた時間全てが舞台にあるから、自分の感覚が正しいとは限らないというか...」 松下「そうかもしれないですね」 ――最後に、「母と暮せば」(2024年版)の初放送を楽しみにしている視聴者にメッセージをいただけますか? 松下「映像でもしっかりお届けできるように一生懸命演じさせていただいたので、一人でも多くの方に観てもらいたいです。『母と暮せば』は続けていくべきだし、残していくべき作品。栗山さんも仰っていましたが、世界から戦争がなくなるその日まで、この演目を続けていくことがとても大切だと僕も思います。今回も映像という形でしっかり残していただけることが有難いですし、テレビの画面を通して、母と息子の絆の物語を感じて頂けると嬉しいです」 富田「未来のことは分からないですから、この2人で、次いつこの演目ができるかというのはお答えできないですし、だからこそ、今の私たちの『母と暮せば』をぜひ映像で見て頂きたい。次の世代にも観てもらえるように、一緒に繋げていってもらえたら有難いと思います」 取材・文=川倉由起子
HOMINIS