水原一平ドラマ「表現の自由」か「プライバシー侵害」か…日本でも争われた三島由紀夫『宴のあと』裁判
大谷翔平選手の元通訳・水原一平被告の違法スポーツ賭博スキャンダルを米制作会社ライオンズゲートが、TVドラマシリーズとして制作すると発表して日本でも話題になっている。ドキュメントならともかく、ドラマということで、日本では異論も少なくない。 【すごい…写真あり】スポーツウェアブランドで紹介されていた真美子夫人の「美脚ぶり」 大谷選手ファンならずとも、“ドラマで事件を蒸し返すのはいかがなものか”、“プレーに集中させてほしい”という声が上がるのも当然だ。だが、そこは“生き馬の目を抜く”ハリウッドのこと、いち早く日米のスパースター大谷選手を巻き込んだ前代未聞の水原スキャンダルに目を付けた格好だ。 ライオンズゲートといえば低予算のホラー映画『ソウ』シリーズを世界的に大ヒットさせるなどで急成長。アカデミー賞を6部門受賞し、全世界の興行収入4.5億ドル(約700億円)の『ラ・ラ・ランド』(’16年)の配給を手掛けるなど、製作・配給の大手だ。 ロサンゼルスタイムズなどによると、水原ドラマは米演劇界のアカデミー賞といわれるトニー賞を13回、オリヴィエ賞を6回受賞し、最近ではTVシリーズ『ステーション・イレブン』の製作総指揮を務めたプロデューサーのスコット・デルマン氏と、スポーツギャンブルの本『Billion Dollar Fantasy』の著書もあり、『スポーツ・イラストレイテッド』上級編集者で、野球を幅広く取り上げ、MLBネットワークの寄稿者でもあるアルバート・チェン氏が主導してドラマ化に当たるという。 デルマン氏は 「大胆で限界を押し広げるシリーズを制作してきた強力な実績を持つライオンズゲート・テレビジョンは、この信じられないような物語をスクリーンに映し出すのに最適なパートナーです」 と自信満々。 チェン氏も 「これはピート・ローズ以来、メジャーリーグ野球最大のスポーツ賭博スキャンダルであり、その中心にいるのはMLBがワゴン車に乗せた最大のスター選手だ」 としたうえで 「私たちは物語の核心に迫ります。信頼、裏切り、そして富と名声の罠の物語です」 とコメント。本気度がうかがえる。 だが水原事件のドラマ化だが、大谷選手やドジャースなどがドラマ化を許可することは考えにくく、許可を取れたとしても表現が制約される可能性が出てくる。そのため許可なしでドラマ化するとみられるが、事件などをドキュメントやドラマなどで描くことは、当事者の許諾がなくても“表現の自由”として認められている。 実名ではなく仮名にし、実話に基づいたフィクションとしてドラマ化するのが一般的だ。 ただし、匿名であっても登場人物が誰をモデルにしているのか特定される。その場合でも、水原事件には公共性、公益性があり、ドラマの前提となる事実に、事実とかけ離れて名誉を毀損したり、肖像権やプライバシーの侵害などがなければ問題ないとみられる。事件そのものに関して言えば検察が発表した訴状の中に詳細に事件が記録されており、言うまでもなく、起訴状に著作権はない。 問題になるとしたらプライバシー、肖像権の問題だろう。 例えば俳優が許可なくドジャースのユニフォームを着て演じるのは肖像権の侵害になる可能性がある。大谷選手の写真や映像を使うことも許可がなければダメ。事件を報じる新聞記事やテレビのニュース画面などを許可を取って使用することは試みるだろう。 「表現の自由」か「プライバシー侵害」かで議論が高まる水原ドラマ。日本でもこのことで争われた裁判がある。三島由紀夫の『宴のあと』(1960年)のケースが有名だ。 元外務大臣で1950年代に革新統一候補として東京都知事選に出馬して落選したA氏と高級料亭の女将をモデルにした小説で、2人は仮名で登場。女将が自身の料亭を抵当に入れてまで、夫A氏の都知事選のために奔走する姿などを描いている。 モデルとされたA氏が 「自身の(女将との)再婚と離婚の事情を誇張的に書き立てられ不安を覚えた」 などとして、プライバシー侵害で損害賠償や謝罪広告、本の絶版を求めて三島と新潮社を訴えた。 「プライバシー」と「表現の自由」が初めて日本の法廷で争われたケースといわれる。東京地裁はプライバシーの侵害を認めて、三島と新潮社に80万円の支払いを命じた。謝罪広告などは認めなかった。 三島は控訴したが裁判中にA氏が亡くなり、遺族と三島・新潮社が和解して『宴のあと』はそのままの形で刊行されている。 この裁判で、プライバシー権を 「私生活をみだりに公開されない法的保証ないし権利」 などと規定し 「一般の人にまだ知られていない事柄であること」 「一般人の感受性を基準にして公開を欲しないであろうと認められること」 などと規定した。 同作は「フォルメントール国際文学賞」を受賞するなど海外でも高く評価された作品で、女将と元外務大臣が、都知事選出馬の話が持ち上がるさなかに惹かれあい結ばれる様子などを三島独時の視点と芸術的ともいえる精緻な文章で描いているのが印象的だ。 まだ裁判中で“宴の最中”でもある水原スキャンダルのドラマは、プライバシーの問題などについてはハリウッドで一つのジャンルとして確立されている“実録モノ”のノウハウがあり、脚本を同社の法的部門がチェックするなど対策を講じるとみられる。 「信頼、裏切り、そして富と名声の罠の物語」がはたしてどんな内容になるのか……。内容次第では大谷選手側などが訴訟を起こす可能性も否定できず、今後の成り行きが注目される。 文:阪本 良(ライター、元『東京スポーツ新聞社』文化社会部部長) 現在はWebマガジン『PlusαToday』を始め、芸能、映画、ハリウッド情報などの記事を執筆。日本映画ペンクラブ会員
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