儒烏風亭らでん「まいたけダンス」のヒットから考える、短編アニメ業界の“新たな可能性”
ホロライブ所属のVTuber・儒烏風亭(じゅうふうてい)らでんがアップした『まいたけダンス』などの「きのこダンス動画」がTikTokなどSNSサイトにおいて、大きなバズを起こし、ダンス動画などが日々拡散されている。 【動画】869万回以上も再生されている儒烏風亭らでんの『まいたけダンス』 こうした事例に限らず、VTuberシーンでは切り抜き動画をアニメーション化し、YouTubeなどにアップすることが増えているが、これは短編アニメーションの世界から見ても、大きな変化としてとらえることができる。今回は切り抜きアニメ動画を紐解き、VTuberのみならずアニメ、ネット界隈に及ぼす影響について考えたい。 まずはアニメーションの歴史について確認していきたい。日本はアニメ大国であるために認識されづらい部分もあるが、アニメーション制作は非常に手間がかかり、歴史的にも日本とアメリカなどの一部の国でのみ、長編エンタメアニメーションが量産されてきた。 アメリカは質量ともに豊富な人材や技術力、資源によって支えられ、日本は作画枚数を調整するリミテッドアニメーションの手法によって、独自の進化を遂げ“アニメ”を生み出した(この記事では、従来のアニメーションと日本独自の進化を遂げたアニメーションを区別するために、後者を「アニメ」と称する)。 世界では短編アニメーションの方が歴史が深く、映画祭などの場でも主流の扱いを受けており、各国で長編が制作されるようになった現在でも、花形は短編とされている。アメリカアカデミー賞を例にとっても、短編アニメーション部門は1930年代より開設されているが、長編アニメーション部門は2002年に開設されたばかり。アヌシー国際アニメーション映画祭など、アニメーション専門の賞でも同様に、長編部門よりも短編部門の方が歴史が長い。 一方で、日本で「アニメファン」といえば、TVアニメなどの長編アニメのファンを指し、映画祭などで上映されるアートに寄った短編アニメーションのファンとは区別されるなど、その壁は厚い。エンタメ長編作品が多く制作されるからこそ、世界の映画祭で評価される短編アニメーションのファンや作り手が限られていた。 このような状況下で、アニメ制作に大きな革新が起こる。90年代から2000年代にかけて、セル画からデジタルに移行したことにより、アニメーション制作のハードルが下がったのだ。代表的な例でいえば、新海誠監督の『ほしのこえ』(2002年)は個人で制作されたことで大きな話題となった。現代ではさらにツールも進化し、個人がアニメーションを制作することがより容易になった。 2000年以降はYouTubeやニコニコ動画など、制作した作品の発表の場が整い、初音ミクなどのボーカロイドやMAD文化なども誕生し、アマチュアのクリエイターが作品を投稿をする土壌が整ったことも大きい。さらに2010年代後半にはVTuberの文化が登場し、動画配信からライブ配信へとトレンドが移り変わると、今度は切り抜き動画が登場する。そしてクリエイト能力を持った市井の人々によって、個人で制作できる切り抜きアニメ動画が登場することになる。 これにより、旧来の「映画祭などで評価されるアート性の高い短編アニメーション」「エンタメ性の高い長編アニメ」という構図に変化が生じた。個人制作の短編アニメーションの中から、日本アニメやオタク文化を取り入れエンタメ性を獲得し、YouTube上で多くの人が楽しむ「短編アニメ」として切り抜きアニメ動画が登場したのだ。 そして切り抜きアニメ師の絵柄などによって個性が生まれる。たとえば『まいたけダンス』などを制作するばかくん3世は、YouTubeでは2020年2月より投稿を開始しているが、VTuberを2頭身のミニキャラにデフォルメ化することで、より身近で可愛らしい存在に仕上げている。そして何よりも、タレントが何気なく口ずさんだリズムや音楽と映像を合わせるのが上手い。 初期の頃からその技術は健在であり、2020年9月にアップされた『ららーいおん♪【獅白ぼたん】【雪花ラミィ】【桃鈴ねね】【尾丸ポルカ】【ホロライブ】【ほろふぁいぶ】【手描き】』では、ホロライブ5期生のねぽらぼの自己紹介をアニメーション化することによって、中毒性のある映像に仕上げている。 2023年11月にアップされた『すきゃ!【轟はじめ/ReGLOSS】【ホロライブ】【手描き】』でもリズムゲームを楽しむ轟はじめのワンシーンを切り抜いているが、2頭身のミニキャラと轟はじめの独特な口調が合わさり、癖になる作品となっている。このように『まいたけダンス』などの儒烏風亭らでんのきのこダンス動画のバズは、決して偶然ではなく、そこまでの創意工夫が積み重なった結果だということがわかる。 他にもとりぷる / Tripl3はカートゥーン調の絵柄でホロライブENなどの海外勢も積極的に切り抜き、また英語・日本語の両方の翻訳をした動画をアップすることで日本のみならず海外でも人気のある切り抜きアニメ動画師だ。 さらに一人紹介しておくと、ぬきの。はホロライブメンバーの雑談や日常会話をメインに切り抜き、そのエピソードをアニメ化し、メンバーの日常の姿が窺える動画でファンの支持を集めている。上記の3名の手書きアニメ切り抜き師を比較するだけで、絵柄や切り抜くエピソードなど、それぞれの個性が表れていることがはっきりとわかる。 また最近ではCGアニメも制作されている。Miriwa ミリワはホロライブメンバーを中心に切り抜きアニメ動画を制作しているが、2頭身でデフォルメ化された、まるまるとしたキャラクター達が可愛らしく動き回る姿に癒される。このように、切り抜きアニメ動画のバリエーションやクオリティはまさに日進月歩の勢いで進化を続けている。 そしてホロライブを運営するカバー株式会社も、この流れを後押ししている。カバーは決算説明資料でもUGC(User Generated Content・ユーザー生成コンテンツ)について言及しており、好意的な見解を示している。 プロが作り上げたコンテンツであるPGC(Professional Generated Content)だけでなく、一般ユーザーやファンが作り上げたコンテンツであるUGCを、ガイドラインに沿った一定の条件下であれば収益化も認めることで積極的に作ってもらいたいという考えを持っているのだ。これによって、さまざまな形の切り抜き動画や二次創作、ファン主導のコンテンツが登場し、タレントとファンが共同で知名度を向上させ盛り上げていくという流れが出来上がっている。 筆者は個人がアニメを作ることができる時代の到来と、そのきっかけとなるVTuberの登場によって、アニメ業界全体にも大きな変化が起きるのでは、と期待している。ボーカロイドがきっかけとなり米津玄師などの多くの音楽アーティストが登場したように、また『ほしのこえ』によって新海誠が登場したように、従来とは異なる形でアニメ制作を行う人々が生まれることで、大きな変化が起こることは容易に想像がつく。その中から、世界を舞台に活躍するアニメ制作者が生まれるかもしれない。 VTuber文化の拡散力は強力で、すでに海を超えて世界中にファンを生み出している。きのこダンス動画のバズは、切り抜きという二次創作を超え、一次創作側のタレントや事務所も無視できない流れとなってきている。新たなアニメ・ネット時代の到来を感じるほど、大きな出来事だ。
井中カエル