古代ローマを甦らせた名作『グラディエーター』はどこがすごかった?映画史に残る功績を徹底解説!
名匠リドリー・スコット監督の歴史スペクタクル『グラディエーター』(00)。古代ローマ帝国を舞台に、皇帝の座をめぐる陰謀で奴隷に身を落とした将軍の生き様を描き、作品&主演男優賞を含むアカデミー賞5部門に輝いた。なんとその『グラディエーター』が4Kデジタルリマスターとなり、10月11日(金)~24日(木)までの期間で劇場に帰ってくる!映画史に残るマスターピースをスクリーンで浴びることのできる絶好のチャンス。スコット監督作として待望の続編『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』(11月15日公開)が控えているなか、本作のなにがすごかったのか、名優たちの競演、2000年代のハリウッドを牽引したその影響も改めて振り返っていこう。 【写真を見る】ローマの円形闘技場コロシアムを大がかりなセットと3DCGで再現した『グラディエーター』 ■巨匠、リドリー・スコットの代表作として大勢に愛され続ける『グラディエーター』 西暦180年、大ローマ帝国。ゲルマン族との戦闘に勝利した北軍の司令官マキシマス将軍(ラッセル・クロウ)は、皇帝アウレリウス(リチャード・ハリス)より次期皇帝の座を託された。それを知った皇帝の息子コモドゥス(ホアキン・フェニックス)は失意に駆られ父を殺害。マキシマスの暗殺を命じた。一命を取り留め家に戻ったマキシマスは、そこで惨殺された妻と息子の亡骸を発見。生きる希望を失い奴隷となったマキシマスだが、その強さを見込まれ剣闘士(グラディエーター)としての道を歩んでいく。圧倒的な強さで市民の熱狂を浴び、ローマの円形闘技場コロセウムに立ったマキシマス。ついにそこで、皇帝となった宿敵コモドゥスが観客席にいるのを目撃するのだった…。 皇帝に抗う戦士の生き様を描いた本作は、イギリス出身のスコットの監督作である。CMディレクター出身のスコットは『エイリアン』(79)でヒットメーカーの仲間入りをし、『ブレードランナー』(82)や『テルマ&ルイーズ』(91)、『ブラックホーク・ダウン』(01)、『オデッセイ』(15)など、映画史にその名を刻む作品を数多く手掛けてきた巨匠中の巨匠。力強い人間ドラマや凝った映像を持ち味に、80歳代に突入しても『ハウス・オブ・グッチ』(21)や『ナポレオン』(23)など精力的に新作を発表し続けている。そんなスコットの代表作として挙げられ、現在も大勢のファンに愛されている作品が『グラディエーター』である。 ■古代ローマの街並みや巨大なコロセウムを再現 本作でまず圧倒されるのが、ローマ帝国が栄華を誇った時代を再現した圧倒的臨場感を誇るシーンの数々。優雅な宮殿や贅を尽くした皇帝の調度品、いたるところに石像が飾られ多くの人々が行き交うローマの街角、街の中央にそびえ立つコロセウム。さらに奴隷となったマキシマスが剣闘士として暮らす砂漠の都市など、多彩な舞台が次から次に登場。そのリアルな質感は、まるで当時のローマにタイムスリップしたかのよう。 これらはおもにモロッコやマルタ島で歴史的建造物や廃墟、オープンセットを使って撮影されている。なかでも、多くの見せ場が用意されたコロセウムは、3階の客席のうち高さ約16mの1階部分の一部をそのままセットで再現。2000人のエキストラを動員した映像の周囲をマット画や3DCGで補足して作成した。このシーンを実際に観てみると、剣闘士たちが激しい戦闘を繰り広げる、その局面、局面に合わせて歓声を上げる観客たちの姿も認識できるため、セットやCGとは思えないリアルな映像として受け止めることができるのだ。 ■こだわりが詰まったローマ軍とゲルマン族との戦闘シーン 一方、冒頭のローマ軍とゲルマン族との戦闘シーンはイギリス南部の森林地帯で撮影。このシーンはおもに自然光で撮影され、霧深い森に戦士たちが佇む様は絵画のような美しさ。マキシマスが故郷に思いを馳せる回想シーンなど詩的な映像もちりばめられており、これらスコットこだわりの映像が鮮明に味わえるのも4Kデジタルリマスターならではだ。なお、古代世界の再現について、スコットは歴史学的視点ではなく演出家としてのスタンスを重視。史実としての正確さを極めるより、作劇上のリアリティに沿って空白部分を想像力で埋めながらシーンを構築したという。スコットは作品世界を一から作り上げるのが好きだと語っており、それが彼のフィルモグラフィにSFや時代ものが多い理由である。 ■集団戦や一騎討ち、猛獣との死闘など多彩なアクション 剣闘士の物語だけに、激しいアクションも盛り込まれた。剣闘士同士の集団戦やマキシマスと歴戦の勇士との一騎打ち、巨大な虎との死闘、馬車を使ったスピーディなバトルなど、多彩な死闘を展開。剣や槍、矢による痛みを感じるアクションは壮絶の一言だ。 さらにスペクタクルが味わえるのは、ローマ軍とゲルマン族との大がかりな戦い。リアルな映像を求めたスコットは、数千人のエキストラによる肉弾戦に加え、投石器や矢を使うフィジカルな手法で撮影しながらCGでも補強。さらにスコットは『プライベート・ライアン』(98)を参考に撮影スピードや彩度を調整し、ざらついた質感を持つドキュメンタリータッチの映像に仕上げている。大量の火や火薬を操る特殊効果は『プライベート・ライアン』のニール・コーボールドが担当した。主演のラッセル・クロウは役作りのため、ボディビルダーとのトレーニングで体作りをし、スタントマンたちと剣術の訓練を繰り返し、激しいアクションを見事にこなした。 ■過酷な運命に翻弄されるマキシマスたちの熱いドラマ 本作が時代を超え支持されている理由の一つが、信念に従い生きる熱き人間たちのドラマにある。ローマ帝国を支える武将でありながら権力より家族との穏やかな日々を切望するマキシマス、絶対的な権力者としての父アウレリウスを信奉していたコモドゥス、そしてマキシマスを愛しながら息子ルシアスを守るため実弟コモドゥスの歪んだ愛を受け入れるルッシラ(コニー・ニールセン)。彼ら3人を中心に、復讐と愛憎渦巻く濃厚なドラマが繰り広げられる。 そんな本作の原案・共同脚本を手掛けたのが、スティーヴン・スピルバーグ監督作『アミスタッド』(97)のデイヴィッド・フランゾーニ。ローマの歴史書に触発され剣闘士の物語を思いついたフランゾーニがスピルバーグに持ちかけ、気に入られたことから執筆を開始した。もしかすると、フランゾーニはスピルバーグ監督作を想定して執筆したのかもしれない。物語はフィクションだが、皇帝マルクス・アウレリウスやその息子で皇帝にして剣闘士でもあったルキウス・アウレリウス・コンモドゥス、その姉ルッシラは史実のエピソードからも着想を得ている。主人公マキシマスはコンモドゥスと対立した将軍クラウディウス・ポンペイアヌスやナルキッソスなど、複数の歴史上や神話の人物をヒントに創作された。それら史実と比較してみるのも本作のお楽しみ。また、1964年公開の『ローマ帝国の滅亡』は本作とよく似た構成なので、観比べてみるのもおもしろい。 ■怪優、ホアキン・フェニックスの片鱗もここに! 実力派を揃えたキャスティングも本作の大きな魅力だ。復讐に燃える不屈の男マキシマス役は、シリアスドラマからブロックバスターまで幅広く活躍しているクロウ。当時はオーストラリアからハリウッドに拠点を移し、『L.A.コンフィデンシャル』(97)や『インサイダー』(99)で注目されていたころだった。躍動感あふれるアクションはもちろん、胸を打たれるのは激情を秘めた静かな演技。なかでもコロセウムで勇敢な戦いを称えるコモドゥスに名前を聞かれ、怒りに震えながら兜を脱いで妻や子を殺され復讐を誓った将軍“マキシマス・デシムス・メリディアス”だと名乗るシーンは何度見ても目頭が熱くなってくる。クロウは本作でアカデミー賞主演男優賞に輝いた。 マキシマスと対峙するコモドゥスを演じたのはホアキン・フェニックス。性格俳優として『ザ・マスター』(12)や『ビューティフル・デイ』(17)、近年は「ジョーカー」シリーズでも絶賛されたフェニックスだが、20代半ばの当時まだ青春スター枠だった。大作に出演するのもこれが初で、スコットによると当初は戸惑いもあったという。ただし、のちの片鱗を感じさせる狂気を振りまくシーンもある。 それがルッシラの息子を人質に彼女を脅すくだり。コモドゥスは姉に自分の力を誇示し、「余は情け深いだろう?」と口づけを迫るが、彼女が顔を背けた途端語気を荒げて同じセリフを絶叫する。これはホアキンのアドリブで、脚本上セリフは最初の一度きりだった。役になりきりアドリブで芝居をするのは「ジョーカー」シリーズでも見られた彼の十八番だが、その原点がコモドゥスに見て取れる。 このほか、弟の影に怯えながらマキシマスへの愛を貫くルッシラを演じた正統派美女コニー・ニールセン、威厳と苦悩をにじませ皇帝を演じたベテラン俳優リチャード・ハリス、マキシマスと友情を育む黒人奴隷を演じ、感動的なラストを締めくくったジャイモン・ハンスゥ、そしてマキシマスに夢を託す剣闘士団のオーナー、プロキシモを演じたオリヴァー・リードと実力派が集結した。なお、人間味あふれる演技を披露したリードは撮影完了を待たずに心臓発作で急死。最期の名演を味わってほしい。 ■2000年代における歴史大作ブームを牽引 1950~60年代にかけてブームになった歴史スペクタクル。『ベン・ハー』(59)や『スパルタカス』(60)、『クレオパトラ』(63)など超大作が次々に製作されたが、それ以降このジャンルはハリウッドのメインストリームから姿を消した。 それ以来の超大作として製作された『グラディエーター』に対し危惧する声も上がったが、公開されると世界中で大ヒットし多くの賞に輝いた。本作を機に、トロイア戦争を描いた『トロイ』(04)、スパルタ王の伝説を描いた『300 スリーハンドレッド』(07)などが製作され、スコットも十字軍を描いた『キングダム・オブ・ヘブン』(05)を監督。ロシアではティムール・ベクマンベトフ監督が低予算映画『ザ・グラディエーターII ローマ帝国への逆襲』(01)を発表するなど再びこのジャンルを復活させた。 その後も『キング・アーサー』(17)など歴史スペクタクルは断続的に公開され、スコットも再びクロウと組んだ『ロビン・フッド』(10)やフェニックスと組んだ『ナポレオン』を発表したのは記憶に新しい。続編『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』では、ルッシラの息子であるルシアス・ウェルス(ポール・メスカル)を描いた本作で、スコットはどんな世界を展開するのだろうか。その予習として4Kリマスターで生まれ変わった『グラディエーター』を大きなスクリーンで堪能し、新たな伝説の誕生に備えよう! 文/神武団四郎