<映画監督の男と娘、3人の女>ホン・サンスが描く「モテたけど…」は“喜劇の本質”にかかわるかもしれない
絶えず無の中で動くから、ひたすら喜劇の駒になっていく
さておいた荒野問題。もしやそれは述べてきた喜劇の本質にかかわることなのかもしれない。 知性、言葉、倫理など、人が進歩するための助けになってきたものが無に帰した時、人間の喜劇性は明るみに出ると思うけれど、それは別の言い方をするなら、足場がないところで立っていなきゃならない人の定め、その定めを笑おうとすることのような気がする。 欲望がある者は、対象に向かい欲望を達成するためのキックボードがある。だけど欲望を持ちえぬことになった者は向かうべき対象がないから、キックするためのボードもない。絶えず無の中で動くから、ひたすら喜劇の駒になっていくという次第だ。
あたかも欲望に操られた生き様
喜劇の駒たるビョンスが、野菜を摂らせる女から肉を食わせる女に、共生する女を替えるなど、あたかも欲望に操られた生き様の男一人。 これも喜劇の一環として「大いに笑ってくれ」と彼は言っている…。 『WALK UP』 INTRODUCTION ベルリン国際映画祭銀熊賞を5度受賞するなど名匠としての評価を高め、独自のタッチを追究するホン・サンス。長編28本目という今作も、誰も見たことのない映画に仕立てた。 都会の片隅に建つ地上4階・地下1階建ての小さなアパートを舞台に、映画監督ビョンスが1階ずつ上がっていくことで4章立てとなるのだが、異なる女性たちとの錯綜した関係性が描かれるうち、各階の世界が奇妙なパラレル・ワールドめいてもきて…。 小さな驚愕に満ちた本作を支えるのは、ホン・サンス作品の常連俳優たちだ。 STORY 映画監督ビョンス(クォン・ヘヒョ)は、インテリア関係の仕事がしたいという娘ジョンス(パク・ミソ)を連れ、旧友であるインテリアデザイナー、ヘオク(イ・ヘヨン)の所有するアパートを訪ねる。 1階がレストラン、2階が料理教室、3階が賃貸住宅、4階が芸術家向けのアトリエ、そして地下がヘオクの作業場というアパート。3人は地下でワインを酌み交わすが…。 時は流れ、ビョンスはアパートを再訪。2階で時を過ごし、やがてビョンスは3階、そして後に4階で、それぞれ異なる女性と生活を送るようになる。 STAFF & CAST 監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス/出演:クォン・ヘヒョ、イ・へヨン、ソン・ソンミ、チョ・ユニ、パク・ミソ、シン・ソクホ/プロダクションマネージャー・スチール写真:キム・ミニ/2022年/韓国/97分/配給:ミモザフィルムズ/6月28日公開
岩松 了/週刊文春CINEMA 2024夏号