<映画監督の男と娘、3人の女>ホン・サンスが描く「モテたけど…」は“喜劇の本質”にかかわるかもしれない
いかにも女性にモテるホン・サンス監督の作品だと思う。いや、実際にモテるのかどうかは知らない。「モテたい」という思いから来る喜怒哀楽の匂いは遠く、描かれているのは「モテたけど…」という向かう先のわからない荒野が用意されているだけ。 【写真】この記事の写真を見る(5枚) 荒野? …ま、その問題はさておき、『WALK UP』はそんな映画だとまずは言っておこう。 ほぼホン・サンスその人だと思わされる主人公の映画監督ビョンスはすでに名声を得ているようだが、今映画作りは頓挫している。顧みなかった家族への贖罪のように自分の娘の将来を考えた行動に出たのだが、そこでおそらく人生そのものがずっとそうだった、という事態、すなわち自己回顧の状況に身を置くことになるのだ。 それを4階建てのアパートの各階を移動することで表現するというのがこの映画の構造。
チェーホフを彷彿とさせるセリフが随所に
随所随所で、チェーホフのセリフを彷彿とさせるのだが、これは故なきことではないように感じる。 娘のジョンスがヘオクに私を使ってくださるのなら~~というところ(『かもめ』で、ニーナがトリゴーリンに有名になるためだったらどんなことでも耐えていけると言うところ)とか、ビョンスがソニに映画業界の問題点を力説するところ(『ワーニャ伯父さん』でアーストロフが森林伐採のことをエレーナに言うところ)とか。 特にヘオクが中座して二人になったビョンスとソニの会話は、言葉がその意味通りのことを伝えるものではなく、むしろ人がそれにすがろうとしている可笑しみを表現していると感じさせてくれるところなど、実にチェーホフ的である。
そのまま喜劇の対象になっていく会話の中でビョンスの映画を「笑いながら観ている」とソニに言わせているのは、自分たちが今作っている映画への希望のように感じられる。 そして二人の間に性的なものが流れ、言葉が途切れた時にビョンスがソニに「怖いですか?」と言うなど「もっと笑いましょう」と言われているようで嬉しくなる。