米倉涼子の映画レビュー「天才デザイナーの名声とゴシップの生々しい裏側」映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
米倉涼子さんが見た、最新のおすすめエンタメ情報をお届けします。 これまでもこの連載で、デザイナーが主人公のドキュメンタリーをいくつか紹介してきました。 そのなかでも『ジャンポール・ゴルチエのファッション狂騒劇』がハッピーなバージョンだとしたら、『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』は、反対のバージョンと言えるかもしれません。 クリスチャン・ディオールのデザイナーとして活躍していた2011年に反ユダヤ主義的な暴言を放った動画が世界中に拡散され、ブランド側から解雇されてしまったガリアーノ。 このドキュメンタリーは、生い立ちやきらびやかな経歴を辿りながらも、彼自身が“事件”と向き合うという、とても生々しい作品になっています。 当時の働き方を見て驚いたのが、ガリアーノがあまりにも多忙だったこと。 どれほどの才能を持っていたとしても、クリスチャン・ディオールだけではなく自分のブランドと合わせると年間30本以上ものコレクションを手がけていたなんて、想像を絶する大変さだったと思います。 『マックイーン:モードの反逆児』で描かれているアレキサンダー・マックイーンのように、疲れ果てて自ら命を絶ってもおかしくない状況だったのではないでしょうか。 寝る時間もない環境で、人とは違うものを作らなければいけないこと。 常に批評されながら、自分らしさを追求していくこと。 繊細だからこそ生み出せるデザインもあるのに、心が強くなければ続けていくことはできないという矛盾。 大切なパートナーの死をきっかけに、さらにアルコールや薬物に依存していくガリアーノの姿に、胸が痛くなりました。 問題発言のあと、迷惑をかけた企業のCEOに謝罪しなかったことも描かれています。 常識で考えると欠けたところもあると思いますが、『VOGUE』のアナ・ウィンターやモデルのケイト・モスをはじめ業界のトップの人たちが窮地に立たされたガリアーノに手を差し伸べたのは、彼には才能だけではなく人間的な魅力があったからだと思うんです。 彼の笑顔には、思わず守ってあげたくなる、子供のようにチャーミングなところがあるんですよね。 © 2023 KGB Films JG Ltd 問題となった動画の裏側に無意識の差別や偏見があったかもしれないと思うと、ガリアーノの発言は決して許されるものではありません。 けれども、天才と呼ばれたデザイナーが置かれていた環境がいかに過酷なものであったのかを、このドキュメンタリーは伝えてくれます。 ガリアーノは次世代のデザイナーたちに同じつらさを抱えてほしくないという気持ちから、この作品に出演する覚悟を決めたのかなとも思いました。 ガリアーノは10年間アーティスティックディレクターを務めてきたメゾン・マルジェラから、来年の秋には退任するのでは? と噂されています。 ファッションが好きな人には、一枚一枚の洋服の裏側に隠された物語に思いを馳せるきっかけになる『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』。 美しいものと美しくないもの、ゴシップや名声、あらゆるものが詰まった一冊の雑誌のページを、本人の解説付きでめくっていくようなドキュメンタリーです。 文/細谷美香 構成/片岡千晶(編集部)
米倉 涼子