なんと、たった「1000分の1秒」で1万人に伝えるとは…! ノーベル賞級の顕微鏡で見えた「脳の神経細胞のスゴすぎる働き」
累計43万部を突破し、ベストセラーとなっている脳研究者・池谷裕二さんによる脳講義シリーズ。このたび、『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』(講談社ブルーバックス)に続き、15年ぶりとなるシリーズ最新作『夢を叶えるために脳はある』(講談社)が刊行され、早くも話題となっている。 【画像】「脳」は、いったいなんのためにあるのか…その「答え」 なぜ僕らは脳を持ち、何のために生きているのか。脳科学が最後に辿り着く予想外の結論、そしてタイトルに込められた「本当の意味」とは。 高校生に向けておこなわれた脳講義をもとにつくられた本書から、その一部をご紹介しよう。
1000分の1秒で1万人に伝える
さて、ここで論文を二つ紹介したい。どちらも微小なものを「見る」という研究だ。一つ目がこれ(図A「神経細胞の一つを拡大したもの」)。 神経細胞の一つを拡大し、顕微鏡で見たもの。顕微鏡を英語でなんという? ー マイクロスコープ(microscope)。 そう。接頭辞マイクロ(micro-)は、ミクロと同じ語源。小さいという意味だ。1マイクロメートル(µm)といえば長さの単位だね。1ミリメートルの1000分の1。大雑把に言えば、普通の顕微鏡はだいたい1マイクロメートルくらいまで見える。だからマイクロスコープというのは言い得て妙。 ところが、最近の顕微鏡はもっと細部まで見えるようになった。1マイクロ以下まで見えるので、マイクロスコープじゃなくて……、マイクロの下の単位は何? ─ ナノ(nano)。 そう。1ナノメートル(nm)は、1マイクロメートルの、さらに1000分の1。そのレベルまで解像度があがったので、マイクロスコープではなく、ナノスコープという。この新しいナノスコープの技術は本当にすばらしくて、2014年には、この技術の開発者にノーベル化学賞が与えられた。 そのナノスコープで神経細胞をつぶさに眺めてみた、という論文が出たというわけ。
ナノスコープで見た神経細胞のすがた
神経細胞には「細胞体」と「線維」がある。 細胞体は、丸い風船のように膜に包まれた袋みたいなものだ。神経細胞では、その袋から糸のような線維が出ている。線維は神経細胞同士をつなぐ配線の役割をしている。入力用の線維と出力用の線維がある。上流の神経細胞が発火したら、入力用の線維に信号が届けられる。そして信号が届くと、入力用の線維は、それを電気へと変換する。 この写真(「顕微鏡(ナノスコープ)で見た神経細胞)をよく見て。 ここには神経細胞が二つ写っているね。線維の一部を拡大したものが、右上の写真だ。プツプツと突起が生えているのがわかる? 沖縄名産のウミブドウという食べ物を見たことはあるかな? ー 海藻の仲間だったような。 ー 食べたことあります。 おいしいよね。線維を拡大すると、まるでウミブドウのように、茎にプツプツと小さな粒が貼り付いてるのが見える。 ナノスコープを使うと、こんな突起物がたくさん見える。この粒の正体は「シナプス」だ。このシナプスを通じて、ほかの神経細胞と信号のやり取りをしている。 神経細胞1個あたり、平均すると1万、あるいはそれ以上のシナプスを持ってる。つまり、一つ一つの神経細胞が1万以上の相手から入力を受け、自分もまた1万の相手に出力をする。これはスゴいことだよね。だって、君たちは友達が何人いる? どんなに交友関係の広い人でも1万人もいないよね? たった1個の神経細胞が、1万人から情報を受けて、1万人に情報を出す。それをわずか1000分の1秒でやってのける。スゴすぎる。そんな神経細胞が、脳にはおそらく860億個くらいある。シナプスの数になると、その1万倍だから、なんと約1000兆個だね。想像しただけでクラクラする。 この映像を見てほしい。脳の一部を拡大して、シミュレーションしたものだ。丸く膨らんで見えるのが、神経細胞の「細胞体」。そこから無数の細長い線維が出ている。 この映像にはいくつ細胞があるのかな。たぶん数百はあると思う。脳の中で個々の神経細胞はこんなふうに発火している。こんなものが自分の頭の中にぎっしり詰まっているなんて、見ているだけで不思議な気分になってくるよね。 さらに連載記事〈なんと「一度に10万以上の発火」が瞬時に起こる…! 科学大国「中国」が捉えたイオンチャネル「驚きの姿」〉では、最新科学が捉えた脳の実像に迫ります。
池谷 裕二(東京大学薬学部教授)