米大統領選に埋もれていつの間にか連立政権が崩壊したドイツの危うい近未来
2021年12月に成立したドイツのショルツ連立政権が11月6日、任期途中で突如として崩壊した。 米大統領選の直後というタイミングゆえにニュースとして埋没する形になったものの、長期停滞局面入りが指摘されるドイツ経済の苦境を踏まえると、そこに政治的な混迷が重なったことは、欧州ひいては世界にとっての大きな懸念材料と見るべきだろう。 ドイツ政治の趨勢(すうせい)に普段からアンテナを張り巡らせている読者は多くないと思うので、まずは現状を大まかに整理しておこう。 2021年9月の連邦議会総選挙ではメルケル前首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が敗北し、16年間に及んだ史上最長のメルケル政権が退陣した。 政権を引き継いだのはショルツ首相(当時財務相)率いる中道左派の社会民主党(SPD)、環境政党の緑の党、リベラルの自由民主党(FDP)による連立政権だった。 発足当初から懸念された通り、「同床異夢」を地で行くこの連立政権はあらゆる政策に関し整合性が取れず、政権内の意見相違が断続的に露見し、支持率の低迷が続いた。 例えば、社会保障政策や気候変動対策の充実を目指して財政拡張を主張する社会民主党や緑の党に対し、厳格な緊縮路線を主張する自由民主党という対立構図が常に存在した。 また、現実的なエネルギー政策を主張して原発利用に寛容な自由民主党に対し、緑の党は再生可能エネルギーの普及拡大を強く主張し、文字通り「水と油」の関係が続いた。 メルケル政権が無制限受け入れを決断して以来、繰り返し議論の火種になってきた移民政策に関しても、終始寛容な態度を取ってきた社会民主党や緑の党に対し、自由民主党はより厳格なスタンスを貫いて相容れなかった。 端的に総括するなら、各党が互いに部分的な共通項を見出しながら、かろうじて連立を維持してきたのがこの3年間だった。
現実より理想、そして自滅へ
ところが、エネルギー情勢の悪化を背景にドイツ経済の低迷が深刻化する中、前節で触れたような政権内の対立はいよいよ修復しきれない領域に足を踏み入れた。 決定打になったのは、拡張財政を主張する社会民主党と、緊縮財政を主張する自由民主党の対立だった。 ドイツでは憲法に財政収支の均衡を義務付ける(債務ブレーキと呼ばれる)定めがあり、連邦政府は単年度の財政赤字をGDP(国内総生産)比で0.35%未満に抑えなくてはならない(なお、この規定は2009年にメルケル政権下で導入されたものだ)。 そのため、2025年1月に発足する第二次トランプ政権下で保護主義政策が強化され、低迷するドイツ経済にとってダメ押しになる展開を見越して、ショルツ首相は緊急事態条項を発動して債務(起債による借入)制限を回避し、拡張財政を通じて景気を下支えする方針を訴えた。 しかし、財政規律を重視する自由民主党の党首で連立政権の財務相を務めるリントナー氏はこの主張を拒否した。 英経済誌エコノミストが「戻ってきた病人(the sick man returns)」と指摘するほど深刻な経済低迷の最中にあっても、社会民主党と自由民主党の間にある従前からの深い溝が埋まることはなかった。 ドイツはロシアのウクライナ侵攻後にエネルギーコストが上昇する中で原発全廃を強行し、それが景気低迷の要因の一つになったわけだが、そのように現実より理想を優先して結果自滅する流れはこれまで何度も繰り返されてきた。 今回の拡張財政と緊縮財政の対立による連立崩壊もまさにそうした図式に当てはまるのではないか。 いずれにしても、ここまで説明したような経緯があって、ショルツ首相は11月6日に「これ以上は信頼関係を築けない」「無責任な行動を取っている」と記者会見で自由民主党を批判し、リントナー氏を財務相から更迭。連立政権は崩壊した。 今後、ショルツ首相は他の野党の協力を取り付けた上で、自動車産業への支援や企業に対するエネルギー負担軽減策などかねてより主張してきた経済対策を議会に諮(はか)る。12月16日には首相に対する信任投票が行われる。 信任が過半数に達しなかった場合、シュタインマイヤー大統領が議会解散を決定し、解散から60日以内に総選挙が行われる。本稿執筆時点では2025年2月中旬以降が濃厚とみられる。