中国人実業家のスパイ疑惑、イギリスの対中政策にジレンマもたらす
ベッキー・モートン政治記者 英政府が中国人実業家をスパイの疑いがあるとして入国禁止にしたことをめぐり、中国の在英大使館は17日、イギリスに「問題を起こすのをやめるように」と伝えた。 渦中の実業家、楊騰波氏は不正行為を否定している。だが、楊氏とイギリス王室のヨーク公アンドリュー王子との関係が明らかになったことで、英政府に対し、中国を国家安全保障上の脅威と指定するよう求める声が再び高まっている。 この問題は、経済成長を促進し、気候変動などの共通課題に取り組むために中国との関係強化を望む英政府にとってジレンマとなっている。 イギリスの国家安全保障に関する移民の扱いを審理する特別移民上訴委員会(SIAC)は12日、「H6」と呼ばれている人物についての判断を公表。それによると、2023年3月に当時の保守党政権は、「イギリスの国家安全保障を脅かす可能性がある」として、「H6」のイギリス国外への追放を決定していた。「H6」はこの決定を不法としてSIACに訴えたが、SIACは今回、政府決定を維持すると判断した。 SIACはその判断の中で、「H6」がアンドリュー王子と「異例なほど親しい関係」にあったと指摘。2020年に王子の誕生日パーティーに招かれたほか、中国で協力者や出資者になり得る相手に対して王子の代理人として行動することが、王子側の側近から認められていたという。 その後、「H6」が楊氏であることが明らかになった。 英下院では16日、現在は最大野党である保守党の幹部議員が、中国の隠れた影響力からイギリスを守るための厳しい措置を求めた。 労働党政府は、前政権が法制化した「外国勢力登録制度」を、来夏にも導入することを約束している。 この制度は、外国勢力のために活動する個人や組織に対し、政治的ロビー活動を申告することを義務付けるものだ。 この制度は2段階に分かれており、「強化段階」に指定された国々に対しては、イギリスの安全保障利益を保護するために必要な場合、より広範な活動の登録が求められる。 しかし、その実施は遅れており、措置は来夏に発効する予定だ。 保守党のスエラ・ブラヴァマン元内相は、この制度が今年7月の総選挙時点で「すぐに実施可能」だったと主張し、中国を強化段階に置くよう求めた。 一方、トム・トゥーゲンハット元安全保障担当相は、英情報局保安部(MI5)が中国を強化段階に含めない場合、この制度は「価値がない」と助言したと述べた。 元保守党党首のサー・イアン・ダンカン・スミスも、この制度の実施に「これ以上の遅れは許されない」と述べた。サー・イアンとトゥーゲンハット氏は中国を最も声高に批判しているイギリス議員で、中国から制裁を受けている。 サー・イアンはまた、楊氏は「単独犯」ではなく、イギリスの機関に浸透した何千人もの一人であると指摘した。 保守党政権時代でも、中国を安全保障上の脅威と指定するかどうかで党内は分裂していた。 外国勢力登録制度は2023年7月に可決された国家安全保障法の一部だが、1年後の総選挙までに導入されていなかった。 ダン・ジャーヴィス安全保障担当相は16日、労働党が政権を取った際にはこの制度は準備が整っておらず、政府は来夏の導入に先立ち、年明けにも議会に規制を導入する計画だと主張した。 一方で、中国が強化段階に含まれるかどうかについては、ジャーヴィス氏は回答を拒否。決定は「強固な安全保障および情報分析」に基づいて行われると述べるにとどめた。 ■中国との関係に大きなジレンマ 外国勢力登録制度のような動きは、イギリス政府が中国とのより安定した関係を求めている時期に、中国からの反発を招く可能性が高い。 キア・スターマー首相は11月、ブラジル・リオデジャネイロで開催された主要20カ国(G20)首脳会談(サミット)の合間に、中国の習近平国家主席と会談した。イギリスの首相が中国の指導者と直接会談するのは2018年以来だった。 レイチェル・リーヴス財務相も来年、北京を訪問し、中国側と経済協力について協議する予定だ。 イギリスと中国の関係は近年、新疆のイスラム系少数民族ウイグルや、香港の民主化活動家などへの中国の対応などをめぐり、悪化していた。 スターマー首相は16日、中国がもたらす課題を「懸念している」と述べたが、貿易や気候変動、人権といった問題で協力する必要があるという政府の立場を繰り返した。 主要な貿易相手国の一つである中国との関係が悪化すれば、イギリス国内の経済成長を促進するという政府の目標に影響を与える可能性がある。 英金融大手HSBCやスタンダードチャータードなどはすでに、中国を強化段階に含めることの潜在的な影響について非公式に懸念を表明していると報じられている。 ブルームバーグによると、企業トップらは、活動の申告を義務付けられることで、企業活動が妨げられ、悪いイメージが広がることを恐れているという。 中国はスパイ行為の指摘を強く否定し、一部の議員が中国を「中傷」しようとしていると非難している。 しかしイギリスの裁判所は17日、2022年にMI5が中国の工作員とみられるクリスティーン・リー氏が議会に潜入している警告した件について、MI5の決定を支持する判断を示した。 中国を国家安全保障上の脅威と指定するかどうかの決定が迫るなか、現在進行形の論争が、イギリスの関係修復の試みにさらなる打撃を与える可能性がある。 (英語記事 Spy allegations pose dilemma for UK's China policy
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