第93回選抜高校野球 京都国際OB 日ハム・上野響平選手 立てなかった舞台、夢つなぐ /京都
<センバツ2021> ◇屈指の遊撃手、後輩にエール 開催中の第93回選抜高校野球大会(毎日新聞社など主催)に、春夏通して初の甲子園出場を果たした京都国際。これまで最も甲子園に近付いたのは、決勝で惜敗した2019年夏の京都大会だった。当時の主将は現在、プロ野球・日本ハムで飛躍を目指す上野響平選手(19)。今のナインたちが誰よりも憧れる、誇らしき先輩だ。【中島怜子】 大阪府貝塚市出身。入学直後からベンチ入りし、試合に出るようになった。高い守備力から「高校生屈指の遊撃手」と評価され、2年生の秋からは主将を務め、チームを引っ張った。「練習中にぬるい雰囲気になると、よくチームメートを注意した。怖がられていた気がする」と笑う。 高校最後の夏となった19年の京都大会は決勝に進出。立命館宇治を相手に先制し、失点もゼロに抑えていたが、八回裏に同点に追い付かれると、九回裏2死二塁から2―3でサヨナラ負け。「レフトオーバーの打球だった」。敗北した瞬間は、今も鮮明に覚えている。 負けた直後、こみ上げたのは後悔だった。「相手を流れに乗せてしまった」「孤独な立場の投手に、もっと声を掛けていれば」。19年春の府大会で優勝するなど、着実に力を付けていた自信があった。「このチームなら甲子園へ行ける」と確信していた分、敗北のつらさは大きかった。 3年間の寮生活で感じていたのは、チームとしてまとまりの良さ、絆の深さだ。「みんなが自然と1カ所に集まってくる。思った事をはっきり言える間柄だった」。技術面でも、自分のスタイルをなかなかつかめず、中学まで苦手だった打撃が、練習を通じて良くなったという。「学校には恩を感じている」。高校生活で得た経験は、何にも代えがたいものになっていた。 19年秋のドラフトで日本ハムの3位指名を受け、プロの世界に飛び込んだ上野選手。「グラブさばきが鮮やかで、格好良かった」「入学前にたまたま球場で見かけたが、上野選手の守備が今も印象に残っている」。上野選手が卒業した後も、センバツ初戦に向けて士気を高めている後輩たちの脳裏には、鮮やかな記憶が残っている。 そんな「憧れの先輩」が立てなかった夢舞台で試合ができるナインたちのことを、上野選手は「うらやましいです」と正直に明かす。「初の甲子園、ここから常連校になってほしい。後輩たちには頑張ってほしい」。悔しさをのみ込み、プロの世界で戦う先輩の言葉に押されながら、ナインたちは24日の柴田(宮城)との初戦に挑む。 〔京都版〕