なぜ今、クラフトへの注目と評価が高まっているのか?
ネットフリックスに『エミリー、パリへ行く』というドラマがあります。シカゴ出身の米国人女性がパリのマーケティングエージェンシーで働き、公私にわたるパリライフが描かれた人気ドラマです。8月にはシーズン4が公開されました。米国と欧州の間の文化の違いの描き方がぼくには面白く、シーズン1から見てきました。ステレオタイプだから凡庸で退屈なのでなく、ステレオタイプだからこそ微妙な誇張に笑えるのです。 シーズン4でエミリーは恋人のフランス人シェフと別れ、新たにイタリア人と恋仲になります。このイタリア人はローマからは距離のある村で、知る人ぞ知る高級カシミアのメーカーを家族経営しています。しかし、資金的に苦しく、フランスのラグジュアリーコングロマリットの傘下に入るかどうかの瀬戸際というところでエミリーと知り合うのです。 このイタリアの会社は、ウンブリア州ソロメオ村に拠点をもつカシミアから名を成した「ブルネロ・クチネリ」を模していると思われました。そうしたら、最近、ブルネロ・クチネリがインスタグラムで一つのエピソードを明かしています。 このドラマをプロデュースしたダレーン・スターが以前ソロメオを訪問した際、芸術や文化談義で盛り上がった、と。そして、エミリーの恋人の父親の名前、ウンベルトはブルネロの父親の名前、ウンベルトと同じとも。とにかく、自分のストーリーが脚本の下地になっているドラマを見て心が動いた、と。 冒頭、このドラマについて書き始めたのは、9月中旬、ミラノ工科大学でインドの大学から来ているデザインを学ぶ学生たちにラグジュアリーのレクチャーをしたとき、素材のひとつに使ったらとても受けが良かったからです。ある学生などは、ぼくがブルネロ・クチネリを新しいタイプのラグジュアリーとして紹介した際、『エミリー、パリへ行く』のシーズン4での展開を想起していたと後になって話してくれました。 ぼく自身はインドに滞在したことはないので、3時間のレクチャーは学生たちにはインドのことを教えて欲しいという姿勢でのぞみました。欧州ラグジュアリー史や20世紀末からのマスマーケティング的なラグジュアリーの台頭、こうした分野でこの数年頻出してきた文化の盗用、新しいタイプのラグジュアリーへの注目、職人仕事と文化アイデンティの関係、トラベル分野の動向などを、意味のイノベーションやソーシャルイノベーションの観点を含めながら話しました。