「どの家を買ったらいい?」の質問に、未来のAIでも「正しい答え」を出せないワケ
もともと囲碁は非常に複雑で、直観的な判断を要求されることの多いゲームであり、その世界チャンピオンは直観に強い思考回路を持っていたはずだ。一方で、AIは過去の膨大なデータから、最も勝つ確率を高める次の一手を計算することはできても、今まで経験したことのない一手に対する適切な対応は取れなかったということだ。 ここにこそ、AI時代を生きていく現代人の思考法に向けたヒントがある。 ● AI時代を生き抜くためには 直感的思考が重要になる 過去に前例のない事態を迎えた時には、その出来事の「意味」を考えて、過去の意味記憶ネットワークに落とし込んで新たな解釈を加えていく直観的思考が重要になってくるだろう。そして、さらにそれを柔軟に変えていける人がAI時代にはますます求められてくるはずだ。 囲碁がいかに複雑なゲームだとは言え、きっちりと決まったルールの中で、相手はただ一人と対戦するわけである。多要素からなる実社会で不特定多数の人間を相手に展開する活動においては、それとは比較にならないくらいの複雑性があり、過去の学習データを超えた創造性こそが勝ち抜く条件となってくる。そして、その創造性から得た新たな経験さえも、どんどんネットワークに加えて変えていける力が求められる。 それを生み出す方法が、脳を広く使った直観的思考なのである。 ● 肉体を持たないAIには 意思決定のベース「情動」がない AIは身体を持たないので、情動が生まれない。重要なのは、「情動記憶」と結びついた経験知がもたらす「なにをやりたいか?」という思いである。 不確定な要素が多いことに関して、意思決定をする時にはこの指向性が重要になる。
例えば、家を買う場合でも、考慮する要素は近隣の住宅価格の相場の他、自分の仕事・収入はこの後どうなるのか、ローンの金利はどうなるか、どういう隣人たちと出会うのか、周辺地域の開発はどうなっていくかなど、不確定で予測困難なことが多い。当然ながら、データのみで理論的に決めたところで正しい答えなど出ないだろう。 「家を買う」という多くの人が経験する意思決定を例として出したのは、結局「自分はどうしたいのか」といった情動面の占める割合の高い領域だからだ。みんな「この家が気に入った」「この土地には昔からあこがれていた」「子供のために良い環境が欲しい」などといった思いで決めているはずだ。 長年の情動が無意識の中で形作った「自分はどうしたい」という情動記憶のネットワークが決めているのである。 身体とつながった人間の脳には、食欲や性欲、承認欲求などがあり、ごちそうや好みのタイプの異性を欲しがり、褒められれば喜んでまた同じことをやりたくなる。 考えてみれば、これら基本的欲求が人間の行動をほとんど決めてしまっているのだが、当然AIには身体がないため、これらを欲しがることはない。また、人間の基本的欲求には新奇性の追求や好奇心があるわけだが、身体を持たないAIには存在しない欲求であるため、AIは自ら進んで未知の難題に取り組んでいくこともないだろう。 このようにAIには情動がないので、何をやりたいか、という指向性は生まれてこない。「何のために」「何をやりたい」という生物として最も重要な点は全て我々人間の手にあるわけであるから、AIに対してむやみに恐れたり、過剰に礼賛する必要もない。過去のデータをほぼ全て網羅してくれる、という革命的なこの技術を余すことなく活用していくべきだろう。 何をやりたいのか、目的をはっきりと持った人間にとって、AIはこの上なく有用な相棒となるはずだ。裏を返せば、何もやりたいことを持たない人はAIに仕事を奪われ、AIに使われるような立場になってしまう可能性があるだろう。
岩立康男