「葬儀で遺族を泣かせたくない」…女性遺体保全士が明かした「おくりびと」の知られざる仕事術」
「おそらく人が亡くなるときって(亡骸の)険しい顔を見るのが怖いとか、恐怖心を誰もが持つと思うんです。実際に私も亡くなった主人の顔を見るのが凄く怖かった。ところが実際は、まるで生きているような穏やかな死に顔だったんです。 【写真】「遺族を泣かせないのが仕事」本誌の取材に応じた女性”おくりびと” その主人の顔を見て、ようやく心が救われた気持ちになったんです。参列した方々も足をしばらく止めて、会長とのお別れがちゃんとできたと思います。これまでの価値観が一変した瞬間でした」 1月31日に逝去した日本ボクシング連盟の山根明前会長(享年84)の妻・智巳さんは、大阪市内で執り行われた葬儀の様子をこう回想した。故人の葬儀が行われる際、遺体の死に化粧などは納棺師の肩書を持つ人間に任せるのが一般的だ。ところが山根家の葬儀では、遺体保全士に依頼したという。 「実は会長の生前、マネージャーの友人とたまたまお会いする機会があって、その方が遺体保全士でした。冗談で『うちの会長が亡くなったら依頼するね』と言っていたんですが、実際に亡くなると一つ返事で彼女は来てくれたのです」(前出・智巳さん) この道で約20年のキャリアを持つ香東千早登(こうとう・ちさと)さん(50)がその人だ。遺体保全士は納棺師と異なり、遺体の復元や修復を主とする。仮に損傷の激しい遺体でも、まるで生きているかのように復元してしまう特殊な技術を持つ。時には目を覆いたくなるような遺体と向き合うことがあるが、香東さんはそこから目を背けない。 「最近、世間の死生観がおかしくなってきていると思います。葬儀社が気を使いすぎて、亡くなった方が若者だと触らないほうがいいとか、顔見せをしないほうがいいといったことを言う。最後のお別れがキチンとできないまま葬儀を終えるので、ご遺族も悲しみを抱えながら日常に戻ることになります」 故人の亡骸ときちんと向き合いたい。今ではそんな思いを抱いた遺族が、香東さんの元へと尋ねてくるという。知事をはじめとする政治家から実業家、さらには事件の被害者まで数々の遺体保全を要望されて向き合ってきた。日本ではまだ馴染みが少ないものの、欧米では遺体保全が社会に広く浸透している。 「欧米で浸透した一番の理由は戦争でした。戦地で損傷した遺体を修復、復元して、ご家族のもとに届けるというのが始まりです。ただ、人種によって肌の組織が異なるので、アジア人に欧米の薬剤や技術を用いると、お人形さんのようになってしまうことがあります。より生前に近づけるため、黄色人種に合わせた遺体保全をしているんです」 戦争は、香東さんが遺体保全士を志したこととも少なからず関係がある。広島出身の彼女の父親は、被爆者だった。父親をはじめ、その周りの友人にも被爆者が多くいた。 「幼少期、原爆の被害に遭った人を間近で見て過ごしました。父も被爆者で、身体に負った傷を間近で見ていた。父が胃潰瘍を患ったとき、手術の輸血からB型肝炎に感染したんです。院内感染でした。今だと訴訟問題になるんですけど、当時はB型肝炎に関して何の保証もなくて。私が10歳の時に父は亡くなりました。残された家族は私と姉と母の3人。家庭内感染が怖かったので検査をしたんですが、姉一人だけ陽性反応。 でも、私もまだ幼かったので姉が亡くなる直前までその事実を知りませんでした。姉の亡骸を見た時に、私は何もできなかった。本当は着物を着せてあげて綺麗にしてから送り出してあげたかった。遺体には触れちゃいけないものだと勝手に思い込んで、後悔ばかりがずっと心の棘として残っていた。そんな時に、友人から遺体保全の仕事を紹介されたんです」 香東さんは30歳を迎えた時、遺体の入浴や洗浄を行う湯灌会社に転職する。しかし、その会社では遺体の保全や修繕を専門的に行えなかった。遺体保全への思いを強めた香東さんは、36歳で独立して起業する。遺体保全のイロハを習得したのは40歳を迎える頃だ。 「お別れするとき、ご遺族をもう1回泣かせたくないんです。私の一番の仕事は、お金をいただくことじゃなく、記憶のすり替えなんですね。ご遺体と対面したとき、苦しい顔を記憶してほしくないんです。 例えば本人確認のため、写真を見せられたり、もしくは霊安室に連れていかれるのですが、損傷の酷い故人の場合は対面されると心にトラウマを抱える方もいます。こちらは息子さんですよねって。あれを止めてほしいんですよ。仕方のないことかもしれませんが、そこで家族はものすごく傷つく。だから、記憶のすり替えをしたいんですよ。あの苦しそうな顔じゃなくて、この顔を覚えてくださいって」 彼女の手にかかれば、「遺体を20歳ほど若く見せることも可能」だという。だが、あまりに若返らせても人は違和感を覚える。故人の顔や骨格から、病に倒れる前の元気だった姿を頭で想像して肉付けしていく。 「故人の死亡診断書には、亡くなった原因しか書かれていません。しかし、亡くなるまでの経緯は全部ご遺体に表れているので、それで探っていきます。肌の色も病気により相違があって、脳から来ているのか、心臓病なのか。水が中に溜まっているのか。頭を強く打って亡くなった人でも、頭部の中で出血が止まっていると色の変わりが早いんです。その出血をピンポイントに抜くんですね。こうした技術は、友人の医師のアドバイスを参考にしながら探究して向上させていきました」 遺体の変化を知るため、24時間付きっきりで見守ったこともあるという。香東さんはこうも言う。最近増えている依頼の多くは自死や孤独死。最後の砦のように、遺族は彼女を頼りにする。 「昔、警察署から泣きながら電話を掛けてこられた方がいました。『元に戻してくれませんでしょうか』と悲痛な声で、話すのは、娘さんを亡くした父親でした。彼らは父娘二人で電車を待っていた時に、目の前で娘さんが列車に飛び込んでしまったそうです。身体は切断されて顔への損傷も激しいものでした」 イジメが原因だったという。成人する前に亡くなったため、晴れ着を着させたいと両親は願った。 「綺麗なお顔に戻すために鼻筋を作って、着物を着させて横顔だけお見せする納棺にしたんです。このときは横顔のみ復元と修復をしました。ご両親もすごく喜んでくれて、『もっと大きな式にすれば良かった』と言ってくれました。皆さん、必ずおっしゃるのは、『もっと(人を)呼べば良かった』とか『家族葬でするんじゃなかった』といったことです。それは大事な人が自死した場合も同じです。葬儀のあり方は人それぞれで正解はない。遺族がキチンとお別れできるか否かが大事なんです。 先に見送る側になった両親はとくにそうで、お子さんをすごく悲惨な状況から、顔色も戻して元通りに復元すると、やっぱり安堵感が出るんですね。寝顔みたいだって。大切な人を失くした遺族には、自分自身を責める方も実は多いんです。何が悪かったんだろうって。でも、私は伝えます。誰のせいでもないですよって。皆さん必要以上に、自分を責めすぎてしまう。私の本当の仕事は(ご遺族の)心の保全だとも思っています」 遺体と向き合う香東さんの仕事は、これからも続いていく――。 取材・文・写真:加藤慶
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