『ホテル・ルワンダ』の監督が描く、ホロコーストの約20年前に起きた大虐殺
1915年は報道がちょうど変わり始めた時期 クリスのようなジャーナリストは実際に存在していた
Q.クリスは、複数の米国人ジャーナリストがモデルになっているそうですね。実在した彼らはどのような活動をしていたのでしょうか? ジョージ監督:当時のジャーナリズムについて少し説明します。第1次世界大戦中は、欧州東部戦線の記者たちから最も多く届けられたのが、アルメニア人の大虐殺に関するニュースだったのです。ニューヨーク・タイムズ紙やクリスチャンモニター紙というキリスト教系の新聞が、いまオスマン帝国で何が起きているのかを毎日のように報じていました。 ちょうどこの時期に、ジャーナリストたちはアクティビスト的な活動をやり始めたのです。「私はこう思う」という自分のオピニオンを明確にさせ、自らが前線に立って体験をもとにした報道をし始めました。ほとんどが米国人からなるジャーナリスト集団がいました。彼らこそがジャーナリズムの本質、仕組みを変えた人たちだったそうです。彼らの残した記録をたどれば、当時のコンスタンティノープルの様子などが、まざまざと浮かび上がってくるのです。修道院に孤児たちが流れ込んでくる、理由もなく人が殺されているという実際の彼らの発した報道などをもとに、クリスというキャラクターをつくることができました。 クリスチャン・ベイルさんのようなすばらしい役者がクリスに新しい息吹を与え、素晴らしいキャラクターにしてくれました。また、彼はいつも徹底的にリサーチを重ねる人でもあり、今回は例えば道具の使い方にこだわりをもって、記者の精神性をそのまま体現してくれました。
純粋なだけでなく、複雑な恋愛を描くことで現代にも通じるロマンスに
Q.「クリスが誕生パーティーで酔っぱらうシーン」。ここから一気に物語が展開していきます。登場人物の感情と当時の情報が凝縮されているように思えます。 ジョージ監督:クリスがアルコール依存気味という設定は、クリスとアナの関係性を描くうえでも大事なことでした。二人の出会いはパリで、クリスはアナよりもかなり年上で、アナの父親はすでに亡くなっていました。ですから、クリスには「アナは自分のことを父親代わりだと思って、愛してくれているのか?」「恋人として心底愛してくれているのか?」などという疑念があり、お酒におぼれてしまうのです。また、アナはふしだらな女ではなく、ミカエルとは純愛であるということを伝えるためにも、アナとクリスは最初から少し歪んだ、ちょっとヒビの入った関係だということを、この誕生パーティーのシーンで描こうとしました。 あの場でクリスは、あえてドイツ人に楯を突きます。「おまえらのやっていることは何なのだ」と。記者というのは、そうそうケンカを売るようなことはしないと思うのですが。そこはあえて、ドイツとトルコの関係を説明するためにも、ちょっとテンションのあるシーンにしたかったのです。 クリスに愛されているアナ。アナとミカエルとの完全な純愛。けれどもミカエルには都合による結婚をしたマラルという妻がいる。そういう二つの愛の側面も描きたかったのです。ミカエルにはマラルの持参金のおかげで、コンスタンティノープルで医学を学べたという経緯があります。当初は愛はなくともいずれは彼女を愛するようになるだろうと希望を抱いているのですが。単純な恋愛ではなく、この4人の男女のさまざまなジレンマを描くことで、現代にも十分通じる話にしたかったのです。