「バタフライ時代」の戦略思考:田坂広志の「深き思索、静かな気づき」
経営者深く見つめるべき自身の三つの能力
では、この厄介な複雑系社会において、経営者は、いかなる戦略思考を身につければよいのか。 「波乗りの戦略思考」を身につけるべきであろう。 すなわち、「波乗り」においては、刻々変化する予測不能な波に対して、高度な運動神経を発揮しながら、瞬間的に体勢を切り替え、その波を乗りこなし、目的の方向に向かっていくが、同様に、市場や社会の変化を敏感に感じ取りながら、迅速に市場戦略や事業戦略を修正し、めざす方向に向かっていくという戦略思考が求められるのである。 そして、この戦略思考を実践するために、経営者やリーダーに求められるのは、「戦略的反射神経」とでも呼ぶべき高度な能力である。 この「波乗りの戦略思考」と「戦略的反射神経」という言葉は、『まず、戦略思考を変えよ』という著書において、筆者が提唱した概念であるが、では、この戦略思考を実践するために、経営者やリーダーに求められるのは、いかなる能力か。 第一は、市場や社会の変化を、現場体験を通じて身体的に感じ取る「肌感覚」である。 第二は、どの方向に戦略を切り替えるかを瞬時に判断する「直観力」である。 第三は、短期的・具体的な予測や計画はできなくとも、広い視野から物事を眺め、向かうべき方向を判断する「大局観」である。 実は、この「肌感覚」「直観力」「大局観」という三つの能力は、昔から、優れた経営者は、誰もが持っていた能力であるが、近年の「情報分析」「論理思考」「長期計画」を基軸とした経営の中で、多くの経営者が失ってきた能力でもある。 「バタフライ効果」が支配する、これからの時代、戦略は「最高のアート」になっていく。されば、経営者は、いま、自身の三つの能力を、深く見つめるべきであろう。 田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、21世紀アカデメイア学長。多摩大学大学院名誉教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)専門家会議元メンバー。元内閣官房参与。全国8500名の経営者が集う田坂塾塾長。著書は『人類の未来を語る』『教養を磨く』など100冊余。tasaka@hiroshitasaka.jp
田坂 広志