「ええ加減にしいや!」実家暮らし歴30年の私が生活を舐め腐っていた頃の出来事【坂口涼太郎エッセイ】
はじめて作ったキャロットラペと一緒に飲み込んだもの
3時間落ち込んだのち、なんとか起き上がり、このままではただ中指に傷を負っただけで悔しいので、もう一度キャロラペをつくりはじめた。慎重に慎重に、にんじんをスライスし、お酢とオリーブオイルとマスタードとクミンとシナモンとナッツと胡椒を入れて混ぜれば念願のキャロラペが出来上がり、私はちゃぶ台代わりに木の板を床に置いて、ライ麦パンとトマトとお味噌汁とチーズと白ワインと一緒に食べた。 傷を負いながら自分で作ったキャロラペは涙が出るほどおいしくて、口に運ぶ手が止まらず、何日かに分けて食べようと思った大きなにんじん一本分のキャロラペを私はあっという間に食べてしまった。 ひとり暮らしをすれば育ててくれた人へのありがたみがよりわかると経験者は語っていたけれど、よりなんかじゃなく、私はもう痛感というか、親に甘えて生活を舐め腐っていた自分を猛省、懺悔し、それまでの自分の襟ぐりをがつっと掴み、ええ加減にしいや! とぶんぶん振り回して、怒鳴りたい気持ちでいっぱいになりながら咀嚼して飲み込み、「ごちそうさまでした」と部屋でひとり呟いた声は私の胸あたりを響かせてからすぐに消えて静寂になった。 そんな、痛くてしょっぱい料理とのファーストコンタクトを経験し、ようやく私の人としての生活が始まった。 今も中指に残る傷あとは私が人になった証であり、その傷を見るたびに、テレビから流れてきた「無償の愛なんてない」という言葉を聞いて、どこまでもまっすぐに「そんなの、子どもができたら親はみんな無償の愛よ」と言っていた母の横顔を思い出し、震災の影響で勤めていた会社の給与が下がり、私たちを養うために休日返上でタクシーの運転手としても働きに行くときの、疲れを振り払ように「行ってきます」と言って玄関を出て行く父の背中を思い出す。 そんな、生活を全うするふたりの、世界で一番かっこよかった横顔と背中に少しでも近づき、これまでの反省を活かしてちゃんと人になるために、私は今日もキッチンへ向かい、自分に捧げるお料理をちゃぶ台の上に並べて、おどる。 文・スタイリング/坂口涼太郎 撮影/田上浩一 ヘア&メイク/齊藤琴絵 協力/ヒオカ 構成/坂口彩
坂口 涼太郎
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