「風のたより」最終号 近況伝える文集、全国の同級生に届けた20年
40年以上前に統合された山形県の中学校の卒業生が、母校の仲間や恩師たちの近況を20年あまり文集にまとめ、伝え続けてきた。「風のたより」と題した冊子は県内にとどまらず、北海道から沖縄県まで全国で暮らす同級生らに届けられた。古里を思い、共に年齢を重ね苦楽を分かち合った文集は今年7月に最終号を迎えた。【竹内幹】 ◇友情、成長記録した「宝物」 文集作りを始めたのは山形県朝日町の旧宮宿中(1977年に統合され、現在は朝日中)を63年に巣立った第16回卒業生の大沼幸広さん(77)=山形県東根市。2002年、大沼さんが東京で開かれた同窓会の報告を文章に写真を添えて同級生164人全員に送ったところ、思わぬ反響があった。 「楽しく読ませてもらった」「元気な友達の顔を見られてうれしい」。同窓会を欠席した人からも近況を知らせる返信が寄せられたという。 「もっと同級生の輪を広げ、みんながつながれる場を作れないか」。大沼さんは小学生の時、クラスで文集を作っていたことをヒントに「風のたより」の作成を思い付く。恩師や同級生の元を訪ねては原稿を書き、また遠方の同級生には寄稿を呼びかけた。それに朝日町の風景など撮影した写真を交え構成した。04年から毎年、「お正月の小さな贈り物」として同級生全員に届けた。 当初は必ずしも好意的に受け止めない人もいたというが、続けていくうちに「文集に自分の写真を載っけてくれ」と言われ、同窓会に出席してくれた人もいるなど、理解が得られるようになった。 大沼さんの親友で山形市の鈴木敏弘さん(77)と朝日町の清野豊春さん(76)も長年、文集作りに協力。今もお互い名前に「くん」付けで呼び合う仲。「死ぬまでやるべー」と励まし合って続けてきた。 しかし、今年1月、長年支えてくれた妻の慶子さんを突然亡くしてしまう。大沼さんは「年も取り、気力がなくなってしまった」と7月の「風のたより」を最終号として区切りをつけた。 ◇封筒を開けると故郷の匂い 故郷から一番離れた沖縄県浦添市で暮らす照喜名芙美子さん(77)の元にも便りは届いた。看護師だった照喜名さんは24歳の時に山形を出て東京で生活を始めた。39歳で夫の実家がある沖縄に移り住んだ。「同級生が活躍している姿を見ると、自分も頑張らなければと力をくれました。文集を開くと田植えや紅葉の風景を思い出すんです」と古里を懐かしんだ。 「封筒を開けただけで、故郷の匂いがした」と毎回楽しみにしていた油谷幸子さん(76)。朝日町の高校を卒業後、東京で暮らし始めた。今は山梨県山中湖村で生活をする。「『風のたより』のおかげで、卒業してからも同級生が仲良くなり、関係が続いている。感謝の気持ちでいっぱい」と文集の休止を惜しんだ。 「同級生は裏表なく仕事や境遇など関係なく付き合える。最近は亡くなってしまった方も多い。その人たちの思い出がよみがえり、悲しい」と大沼さんは最終号を手にした。「みんなに支えられて作った文集は友情と成長の記録。自分の宝物だ」