【今月見るべき新作映画】安部公房の同名小説が、27年の時を経てついに映画化『箱男』
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安部公房の同名小説が、27年の時を経てついに映画化──『箱男』
本作の監督・石井岳龍は、石井聰亙の名で活動していた1990年代初頭、原作者の安部公房に直談判に行き、小説「箱男」の映画化を託された。ところが、1997年に製作が決定しロケ地に選んだハンブルグの地で、クランクイン前日に突然、撮影中止となった。その後、版権はハリウッドから世界をめぐり、約20年後に再び石井のもとへ戻り、最初の製作時と同じキャストの永瀬正敏と佐藤浩市、そして新たに浅野忠信が加わり、安部公房生誕100年の今年、遂にスクリーン登場とあいなった。 箱男とは、ダンボールを頭からすっぽり被り、その小さな覗き穴から世界を眺め、完全なる孤独と自由を得た、人間が望む最終形態。そんな存在に心を奪われたカメラマンの“わたし”(永瀬)は、偶然見かけた箱男を亡き者にしてダンボールを奪い、この街の箱男となることに成功する。ところが、そんな彼の存在を乗っ取ろうとするニセ医者(浅野)や、彼を完全犯罪に利用しようとする軍医(佐藤)、謎の看護師(白本彩奈)が現れて……。
安部公房自身は執筆当時、ホームレスから箱男を連想したと語っていたが、その身分を椅子取りゲームのように奪い合い、完全匿名の世界から書くという行為をひたすら続ける存在は、今のネット民と重なり、時代とともに生き続ける小説の本領を感じさせる。「娯楽にすること」を条件に許された映画化は、「箱男を意識する者は箱男になる」というフレーズを繰り返しながら、完全なる自由と匿名性を得たはずが、終始覗かれ始める混乱をパンキッシュに描き出す。虚実入り混じる迷宮に囚われる“わたし”役の永瀬正敏と、ニセ医者=浅野忠信の下世話な滑稽さの対比も楽しい。そんな二人が箱に入って、ちょこまか闘う場面や、お約束のように階段をコロコロと転げ落ちる姿はサービス満点だ。 『箱男』 8月23日(金)新宿ピカデリーほか全国公開 BY REIKO KUBO