騎馬遊牧民、ヒクソス、「海の民」。来歴不明の謎の武装集団に、古代王国は揺さぶられ、鍛えられた!
栄華を誇った大文明も大帝国も、いつかは衰退し、滅ぶ。衰亡の原因は、戦乱、疫病、自然災害などさまざまだが、どこからか現れる「謎の武装集団」の襲撃や略奪に消耗し、活力を失っていく例も多い。「地中海世界の歴史」第1巻『神々のささやく世界』、第2巻『沈黙する神々の帝国』(本村凌二著、講談社選書メチエ)には、そうした興亡の歴史も描かれている。 【写真】古代王国を脅かす謎の武装勢力
エジプトに「征服王朝」を建てたヒクソス
紀元前18世紀初めから前16世紀半ば、古代エジプト「第二中間期」の王朝が悩まされ続けたのが、「ヒクソス」と呼ばれる人々だった。 ヒクソスとは「ヘカウ・カウスト(異民族の支配者たち)」を語源とし、その来歴は定かではないが、西アジア系諸部族の人々が傭兵としてエジプトに連れて来られ、そこにシリア・パレスティナに住む人々が流入して勢力を増した集団らしい。 特筆すべきことに、彼らは馬と戦車(戦闘用の二輪馬車)、複合弓などの武器を用いた新しい軍事技術をエジプトにもたらしている。 紀元前1650年頃には、ヒクソスはエジプト人にとって代わってナイル・デルタ一帯の覇権を握り、第15王朝を築いた。後世の伝承では、ヒクソス勢力はメンフィスを略奪して破壊し、エジプト人勢力は南のテーベに移動せざるを得なかったという。 〈えてして、異民族の侵入は脅威であり、それだけで先住民は底知れない危機感を味わわされるものだった。だが、(中略)むしろ、ヒクソスの支配は意外にも圧政ではなく、かなり穏やかであったらしい。だが、先住のエジプト人からすれば、異民族の侵入は耐え難いものがあり、そこから脱却する試みがくりかえされるのだった。〉(『神々のささやく世界』p.169) 異民族ヒクソスを追い出し、国土の再統一をなすためには、ヒクソスに対抗できる軍事力の養成が急がれた。ヒクソスの武器と軍事技術を採り入れるだけでなく、それらを駆使できる職業軍人の訓練も必要になる。さらには、そうした軍事専門集団が整備されるにつれ、官僚組織も不測の有事に対応できる機動力を高めていくことになる。 ヒクソスによる「異民族支配」の混乱は100年以上続いたが、前16世紀の半ば、エジプト人はヒクソスを放逐してふたたび統一を手に入れる。この第18王朝がエジプト新王国の幕開けとなった。