失ったはずの腕や脚が痛む「幻肢痛」。治療方法は、脳を“だます”こと?
まずは幻肢痛を知ってほしい。知る人が増えれば届くべき人にも届く
――身近に当事者がいなければ、幻肢痛について知る機会は少ないかもしれません。認知されていないことで起きている問題があれば教えてください。 猪俣:体の切断、神経の損傷をされた方のおよそ8割が幻肢痛を感じているといわれていて、中には社会復帰ができないほど症状がひどい方もいます。 また、「ないはずの場所が痛い」という状況は、家族にさえ理解してもらうことが難しく、孤独を抱えている方がいます。痛み止めを大量に服用するようになり、その副作用に悩まされている方もいます。リハビリ以前に心のケアが必要になってしまうケースも少なくないんですよ。 そのため、幻肢痛交流会は「初めて同じ痛みを持つ人に会えた」とか、「この場所だったら『痛い』と言える」という声も多いです。 連絡はいただいているものの、遠方のためまだ実際にお会いできていない方が何名もいます。こうした方々にどうやって届けるかということも、今後の課題の一つです。 ――遠方の患者さんにも届けるためには、どんなことが必要でしょうか? 猪俣:まず、幻肢痛に対応できるセラピストを全国に増やす必要があります、圧倒的に足りていません。 現在、患者さんもセラピストも自宅にいながらVR空間を活用してリハビリができる「遠隔VRセラピーシステム」も株式会社電通総研と協同で開発していますが、初めての方に機械をお渡しすることはできません。 幻肢痛は一人一人症状が違うため、ご自身の有効な訓練方法がつかめるようになるまで、まずは対面でセラピストがマンツーマンでサポートする必要があります。 ただ、先ほどもお話したように、幻肢痛の認知度は低く、鏡療法のマニュアルもなかったため、医師やセラピストでも「名前は知っているけれど、よく分からない」という方も多く、指導マニュアルを整備したいと考えています。 また、基本的にリハビリは医師の指示を受けて行うので、セラピストを増やすと同時に、医療従事者に対して科学的根拠を示しつつ、理解を広げることも重要です。 これまで症状の一つであった「痛み」ですが、病気であると分類され、近年治療の対象となりましたので、先生方とタッグを組み、研究をさらに加速させていきたいです。 痛みはいま起きており、いま何とかしてほしい。待っていられないのです。 ――幻肢痛への理解を広げるために、私たち一人一人ができることはありますか? 猪俣:原因不明の「痛み」があることによる苦しさは計り知れません。 例えば、朝起きて胃が痛かったら、それだけですごく嫌な感じがしますよね。でも、例えば「昨日食べ過ぎたからだな……」といった理由が分かると、その理由は安心材料となりますよね。 幻肢痛はなぜ痛むのか分からない上に、どんどん痛みも増していき、恐怖と不安に駆られるんです。 あまりにもつらい痛みなので、自分事として考えてほしいとは思いません。病気、事故から救ってもらい、生き延びられる喜びに感謝すると同時に、代償として失った手足の不自由さ、それ以上に痛みが、生きる上で障害になっている人たちがいる。 幻肢痛が存在すること、その痛みに悩み、苦しんでいる人がいることを知ってもらいたい。それが一番の願いです。
編集後記
痛みはあくまでも主観で、他人には分かりにくいものかもしれません。だからこそ、まずはその存在を知ることが重要ではないでしょうか。 幻肢痛交流会では、当事者だけでなく、幻肢痛に興味のある学生、医療従事者、エンジニア、デザイナーなどどなたでも参加可能だそうです。 幻肢痛を理解し、活動する人が増えれることを願います。
日本財団ジャーナル編集部