<女子BOX世界戦>柴田の薄氷V4戦に見えた王者の勇気と挑戦者の涙
危なかった。サリナスは鬼気迫る表情で全ラウンドKOを狙っていた。人生を賭けていたのがわかる。 柴田陣営は作戦を変えた。振り回してくるフックを2つ外すのではなく、一つ外して応戦。大きな左のスイングに右のショートパンチをカウンターで合わせていく。そしてインサイドからのボディ攻撃。中盤、柴田の右のショートがヒットし始めると、サリナスの勢いが止まった。藤原トレーナーが、この数か月間の突貫で修正してきたぶれない右のショート。サリナスは、「スタミナに不安はなかった」というが、ラウンドの前半に飛ばしすぎて、足のステップがパンチに追いつかなくなっていた。 8ラウンドには、柴田の突き刺すような右のボディストレートがメキシコ人のミゾオチにグサリ。強烈なダメージブローとなったが、サリナスは、わざとマウスピースを吐き出して時間を稼いだ。女子ボクシング大国から送りこまれた指名挑戦者は、したたかである。 筆者がつけていたスコアカードは、最終ラウンドを柴田が取ればドローというものだった。その10ラウンドは、最後の勝負をかけてきたメキシコ人の勢いに、また飲まれたまま終わったが(ジャッジも3人が挑戦者を支持)、柴田のインサイドからナックルを当てた正確性と、サリナスの勢いと効果打をどう取るか、また試合会場で王者のホームタウンであることを差し引けば、薄氷であったことは間違いないが、ドローの判定結果も妥当だと感じた。 6月にメキシコで予定されていた防衛戦が2度流れて中止に。試合が近づく度に襲われた緊張と落胆。さすがにメンタルがやられ、その間、オーバーワークの脱水症状や奥歯の親知らずを腫らしての発熱などアクシデントも重なった。5か月遅れで、やっと実現したV4戦の相手は、蓋を開けてみれば、3年前に多田悦子と対戦したとき以上の大迫力で、斎田会長が「間違いなく将来チャンピオンになるでしょう」と言うほどに成長していた難敵だったが、勇気を振り絞った右と、セカンド陣の戦略が生んだ逆転劇でベルトを守った。 来年4月で35歳。「負けたら引退」の十字架を背負ってリングに上がっている柴田は、最後まで王者の誇りを胸に心を折らなかった。 さて次戦は、IBFが判定結果を不服とするサリナスとの再戦要求を受け入れない限り、同級1位にランクされている東洋太平洋ライトフライ級王者の竹中佳(29才、高砂)が有力だ。サリナス同様、不得意なサウスポーだが、柴田は、「今日の試合を無駄にしたくない。次につなげる」と言う。 世界戦発表の会見では、8段の腕前のソロバンを持ち出し、計量では何年ぶりかのスカートをはいて、懸命に話題を作ったが、一番、スリルと醍醐味を味あわさせてくれたのは、この日のリングの上だった。メキシコ人挑戦者の試合後の涙が、まだ注目を集めにくい女子ボクシングが本来持つべき魅力を示していた。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)