脚本家で演出家、上田誠のルーツを探る「ものづくりが好き、エンタメのなかのインドア派」
■ 「映画は、演劇とは真逆のアプローチ」
──映画の方も、劇団で作った『ドロステのはてで僕ら』(2020年)が、世界各地の映画祭で23個の賞を取っていて、すごいです。 構造とかパズルっぽいものって、意外と海を超えるんですよ。物語の構造に凝った映画って、海外のものを観ても「すごい」って思うし、逆もそうなんだなあと。日本独特の感性を描いたものよりは、難なく言語の壁を超えるのかもしれない。それで映画の方は、構造が入り組んだ話を、わざと選んでやっているところはあります。 ──上田さんのなかで、世界でウケたいという意思はどれぐらいあるんですか? 全然思ってなかったですね。演劇って・・・どう言ったらいいんだろう? たとえばどこそこの遠い県に「日本一おいしいコロッケ屋さんがある」って言われても、近所のおいしいコロッケ屋さんにしか買いにいかないじゃないですか?・・・いや、このたとえは忘れてください(笑)。 ──いえいえ、なんとなくわかります。近所に十分美味しいものがあるのに、そこまでして行く価値があるかな? って。 あ、つながってよかったです。要は演劇って、劇場に足を運ばないと観られないんで、距離に縛られるんですよ。だから世界に通用する演劇を作っても、海外公演をしない限りは世界の人が観に来られるわけじゃないので、だったらご近所の人が楽しめるものしよう、と。だから今のヨーロッパ企画は、ハワイアンセンターじゃないですけど、ロンドンとか香港とかの「僕らが思う海外の世界」を作って、それを国内の人に楽しんでもらうという意識でやっています。逆に映画の方は簡単に海を超えるから、日本・・・というか、僕らの地元の京都の風景を撮って、それを世界に見せる方がおもしろいと思ったんです。だから、演劇とは真逆のアプローチですね。
■ 「京都は、切っても切れない関係」
──この取材の話があるまで、私はてっきり上田さんは東京に住んでいると思ってたんですけど、今も京都のこの(取材場所である)「ヨーロッパハウス」を拠点にされてるんですね。京都にいるメリットが、なにかあるんでしょうか? 正直、今も「東京に行こうかなあ」って悩むんですよ。やっぱりシンプルに、交通の便ってありますから(笑)。でも京都で旗揚げして、ここを拠点に活動していくと、やっぱり京都がどんどん好きになって、切っても切れない関係になっていったというのはあります。特にロケをするときには、地縁があったらなにかと便利ですしね。それに僕はメインストリームみたいな流れがあるときに、あるオルタナティブというか、メインとは違う道を作っていこうという気持ちがずっとあって。 なにか見たことがない面白さをエンターテインメントにしようとしたときに、それを端的に表現するのに「京都にいる」というのは、わかりやすい記号にはなるんです。既存のメディアや業界とちょっと距離を置きながら、独立独歩でめずらしいものを作ろうとしたときに、京都という土地、ヨーロッパハウスという場所があったのは、いいことだったんじゃないかなあと思います。 ──そうして25年京都でやってきて、今年は26年目に入りますけど、上田さんが今後やってみたいことってなんですか? ここまで演劇以外の話が多かったですけど、やっぱり一番やりたいのは演劇。昨年25周年記念で「南座」(京都市東山区)で1日だけ公演を打ったんですけど、リアルな場所に集まること自体が、演劇のひとつの醍醐味だし、劇団をやってるおもしろみだなあ・・・という、本公演とは違う手応えを強く感じました。だから今後も演劇活動がメインにはなるけれど、問題なのはやりたいことがたくさんありすぎて追いつかないんです、体と手が(笑)。 ──なにを選んでいいかわからない。 そうですね。新作もやりたいけど、今まで作ってきた良い作品も再演したいし、映画も作りたければドラマもやりたい。弾数がめっちゃあるなかで「どれを選んだら、お客さんがおもしろがってくれるかな?」ということを、最終的には一番に考えています。「自分がやりたいこと」っていうのも大事だけど、それだけを突き詰めてお客さんが離れてしまったら、活動を続けられなくなってしまいますからね。僕が本当にやりたいことはすごくマニアックで、広く一般性があるエンタテインメントではないと、自分でもわかっているので(笑)。そのバランスをうまく取りながら、これからもやっていきたいなあと思います。 ──ぜひこれから、いろんなコンテンツをチェックさせていただきます。最後に、26年目の目標を聞かせてください。 去年の25年目は、はからずもいろんな意味で集大成っぽくなったので、リスタート感があるんです。年末には久しぶりに「ショートショートムービーフェスティバル」(注4)を開催するので、また新しいものが生まれることに期待しています。役者メンバーは昔からあまり変わってないけど、スタッフは新陳代謝が起こっていて、意外と若い人たちが動かしているんですよ。 「ショート・・・」はみんなが熱く競い合うことで、思いがけず新しい関係が生まれたり、僕らの知らないところでつながりができるイベント。そういったことを通して、新しい人たちの躍進に期待して、運営していくというのが、26年目のフェーズになると思います。 ◇ 直木賞作家・万城目学の小説を舞台化した『鴨川ホルモー、ワンスモア』を、4月の東京公演を経て、5月3・4日に「サンケイホールブリーゼ」(大阪市北区)で上演。8~11月にはヨーロッパ企画本公演として、上田の岸田國士戯曲賞受賞作品『来てけつかるべき新世界』を、大阪の新劇場「SkyシアターMBS」(大阪市北区)をはじめ、全国各地で上演する。 (注1)維新派 作家・演出家の松本雄吉が率いた大阪の劇団。大規模な野外劇場を使ったスペクタクルな舞台が国内外で人気を博した。松本の逝去により2017年に解散。舞台美術のアイディアを固めてから物語を考えるという松本のやり口は、上田の作品づくりに大きな影響を与えている。 (注2)MONO TVドラマの脚本家としても活躍する作家・演出家の土田英生が主宰する京都の劇団。日常の一片を切り取ったようなワンシチュエーション・コメディのスタイルと、京都を拠点に全国的な活動を行うというスタンスは、やはり上田に大きな影響を与えた。新作『御菓子司 亀屋権太楼』が、2/22~26に「扇町ミュージアムキューブ」で上演。 (注3)Lマガジン 『Lmaga.jp』を運営する京阪神エルマガジン社が発刊していた情報誌。2009年休刊。 (注4)ショートショートムービーフェスティバル ヨーロッパ企画が2004年から開始した短編映画祭。劇団員や周辺のクリエイターが、1つのお題に沿った5分以内の短編映画を作り、観客投票で順位を決定する。水野美紀や東京03などの著名人も過去に参戦。今回が5年半ぶりの開催となる。