『光る君へ』吉高由里子「無理」に現代人こそ共感? “推し”となる彰子に出会ったまひろ
『光る君へ』(NHK総合)第32回「誰がために書く」。道長(柄本佑)はまひろ(吉高由里子)が書いた物語を一条天皇(塩野瑛久)に献上する。はじめこそ、一条天皇の好みに合わなかったように思われたが、一条天皇は物語に興味を示した。そこで道長は、まひろに道長の娘・彰子(見上愛)が暮らす藤壺へあがり、女房として働きながら執筆することを提案する。そうすれば、一条天皇が藤壺へ訪れ、彰子との仲を深めるきっかけになると考えたからだ。 【写真】次回から登場! 藤原頼通役の渡邊圭祐 かつてまひろは、「私は私らしく、自分が生まれてきた意味を探してまいります」と道長に語った。第32回では、道長や父・為時(岸谷五朗)との対話を通じて、自分らしく生きる道を見出したまひろの凛とした姿が心に響く回となった。 まひろは道長に物語を渡したあとも、物語を思うままに書き続けていた。物語が一条天皇の好みに合わなかったと言われても、まひろは落胆しない。思いもよらぬまひろの反応に道長は戸惑うが、まひろを演じる吉高の演技、佇まいこそ控えめだが芯の強さが伝わってくる見事な台詞回しを通じて、まひろは今、充実した気持ちで執筆に向かっているのだと分かる。書きたいものを書くと決めたまひろに、道長は「それがお前がお前であるための道か……」と問う。「左様でございます」と答えるまひろの意志の強さに感心したのか、道長の表情がふっとやわらいだ。 道長がいる横で、まひろが物語を執筆する場面があった。道長は途中、物語を読む手を止めて、まひろの横顔を見つめるのだが、まひろは執筆に集中している。そんなまひろを見て、道長は心の中で「俺が惚れた女は、こういう女だったのか」と呟いた。この場面は深みのある美しい場面に思える。まひろと道長は、深い恋に落ちながらも結ばれず、されどお互いをずっと想い続けてきた。そんな2人だからこそ、言葉を交わしたり見つめあったりせずとも、お互いを信頼しているさまが醸し出されていた。 道長から藤壺へあがることを提案され、まひろは為時に相談する。まひろは、一家の家計を考えると藤壺へあがり女房として働くことは理に適っていると考えているが、母として賢子(福元愛悠)を心配する気持ちもある。為時は思い悩むまひろに寄り添いながら「帝の覚えめでたく、その誉れを持って藤壺にあがるのは悪いことではないぞ」「賢子のことは案ずるな」「任せておけ。母を誇りに思う娘に育てるゆえ」と優しく言い聞かせた。 賢子が「母上は私が嫌いなの?」と問いかける場面では、まひろが決して賢子をないがしろにしているわけではないことも、母の言葉を突っぱねるほど寂しい気持ちを抱えた賢子の心情も十二分に伝わってくるため、なんとも切ない。だが、まひろは賢子を為時に預け、藤壺へあがることに決めた。 まひろが内裏に出仕する日、家族一同がまひろを見送る。惟規(高杉真宙)は「大げさだなあ」とぼやいていたが、為時は娘が内裏に出仕することが誇らしかったに違いない。為時は感慨深げにこう言った。 「お前が、女子であってよかった」 思いがけない言葉を受け、はっとした後、まひろは嬉しそうに息を吐く。目に涙を浮かべながら、喜びを噛み締めるような吉高の演技が心に響いた。吉高は公式サイト内のキャストインタビュー動画「君かたり」で、為時の言葉に「自分自身っていう人を評価されたという感情が湧き出たんじゃないかなって、一番理解してくれて、一番褒めてもらいたい人から、一番うれしいことばをもらえた回なんじゃないかなって思ったりしました」と話している。吉高が捉えた感情がありありと伝わってくる、印象的な場面となった。 第32回では、一条天皇の顔に現れる感情の機微もまた印象に残っている。一条天皇の気持ちはいまだ彰子に向いていない。一条天皇は藤壺を訪れたが、それは亡き定子(高畑充希)の子・敦康親王(池田旭陽)に会うため。敦康親王に優しく声をかけ、穏やかなまなざしを向けていた一条天皇が、彰子から「お上」と声をかけられた途端に視線を外す場面は、一条天皇と彰子の関係が縮まっていないことを表しており、見ていて心苦しい。 とはいえ、彰子との関係性が前進する兆しも。皆既月食が起きた晩、内裏から火の手が上がる。一条天皇は、敦康親王を先に逃すも逃げずにいた彰子に「そなたは何をしておる」と呆れたように叱る。彰子は一条天皇の顔を見つめ、「お上はいかがなされたかと思いまして」と口にした。この場面で一条天皇を演じる塩野は一瞬、息を呑んだ。 一条天皇にとって彰子は、父親の言いなりで自分の言葉で語ることが少ない女性として映っていたに違いない。けれど、この塩野の演技には、一条天皇が彰子のまっすぐなまなざしと言葉を通じて、彰子が心から一条天皇の無事を祈っていたことを知り、わずかに心が動いたように感じられた。一条天皇は彰子の手を握り、共に火の手から逃げる。途中、転んでしまった彰子に「大事ないか」と問いかけるその声色は、元来の心優しき一条天皇のものだった。 そうは言っても、完全に彰子に心を開いたわけではない。一条天皇が彰子を助け出してくれたことに礼を述べる道長に対し、「中宮ゆえ当然である」と返す声は冷たく、「そなたのことは頼りにしておる。されど、中宮、中宮と申すのは疲れる」というのは本音だろう。 内裏に出仕したまひろの今後、そしてまひろが書いた物語がどのようにして一条天皇と彰子の関係を深めていくのか、気になるところだ。
片山香帆