工藤公康が監督をして気付いた「部下に信頼されるコツ」 声を荒らげて叱った“手痛い失敗”から学んだ「選手との向き合い方」とは
まず手をつけたのは「組織図」
私が最初に手をつけたのは「組織図」を書くことでした。ホークスという球団の中で、監督はどのような立場にいて、何ができるポジションなのか。それを、組織図に沿ってゼロから考え直したのです。 組織図のトップにいるのは当然、オーナーの孫さんです。その直下に王貞治会長が控えており、その次に球団社長がいます。その次にGMがきて、その次にようやく出てくるのが1軍監督と、ドラフトやFAなどでチームを補強する編成部長です。その下にはさらにヘッドコーチや2軍監督、3軍監督などが続きます。 監督就任当初は「工藤の方針が球団の方針」などと言われましたし、世間一般のイメージでも監督には絶大な権限があるように見える。ところが、組織図を書いて分かったのは、監督とは「絶対的なリーダー」でも「大きな組織を率いる長」でもない、単なる“中間管理職”だという事実でした。一般的な会社で言えば、すぐ上に部長が、下には係長が控えている「課長」といったところでしょうか。 監督は球団上層部の要望に応えながら、現場でプレーする選手を育てていかなくてはならない。両者の間に入って、実情にそぐわない点については再度調整をする。1軍監督の仕事とは、上司であるGMのもと、部下であるコーチや選手らと協力しながら勝つチーム作りをすることなのです。
部下の挑戦を後押し
そうであるならば、今までの私のコミュニケーション方法は中間管理職に求められているものとは大きくかけ離れていました。 端的に言えば、1年目に日本一という結果を出した私は「自分のやり方を貫けば勝てる」と考えていました。選手やコーチから上がってくる意見や提案を表面的には聞くものの、最後には自分のやり方を押し付けていたのです。一般の会社でも同じだと思いますが、そんな独りよがりの管理職では、部下の間に不満がたまっていくのは当たり前です。 変わらなければいけないのは自分自身だった。そう気付いた私は、まず、コーチとのコミュニケーションから見直すことにしました。 監督として3年目を迎えた17年春、私はコーチたちに「これからはどんなことでも積極的に提案してほしい。責任は私が取る」と伝えました。彼らはそれまでとのギャップを感じたのか、一様に「えっ、本当にいいんですか」と驚いていました。中には「うまくいかなかったらどうするんですか」と不安に感じる声もありました。 私はそのような声に対して、その都度、「失敗したっていい」と丁寧に答えるようにしていました。一般の会社でも、部下が提案してきた企画書や改革案を「うまくいくわけない」と却下していたら、部下はその上司に二度と提案しようとは思わなくなるでしょう。 挑戦して失敗するのは誰しも怖い。でも、失敗したとしてもそれを失敗のまま終わらせず、なぜうまくいかなかったのかを検証し、修正すればそれでいいのです。