アクティビスト対策と社員の所得倍増を同時にかなえることはできるのか
石破茂新政権の「新しい資本主義」踏襲に伴い、従業員株式報酬制度などを含めた「国民の所得倍増」への期待が高まる。岸田政権下で内閣総理大臣補佐官顧問を務めたスズキトモ教授に、「付加価値分配の見直し」の具体策を聞いた。 ──「失われた30年」の原因は。 スズキトモ(以下、スズキ):「失われた30年」という発想は、現状を打開する策を検討するうえで不適切だ。2000年代初頭以降に起きたことを考えると、「株式市場の逆機能の20年」にこそ解決すべき課題がある。 バブル経済が終焉を迎えた1991年以降、成熟経済下で日本企業の売り上げの伸長が止まった。役員や従業員に対する給与や報酬が低下し、R&D(研究開発)の費用も伸び悩んでいる。他方、2000年代初頭から急伸しているのが、日本企業の当期純利益と株主配当だ。 財務省の「法人企業統計調査」を見ると、過去20年間で従業員への還元がわずかに増えたのに対し、配当金は5倍以上に増えている。つまり、株主に帰属する利益を最大化した結果、ヒトや事業への投資が犠牲になり、持続可能な成長が阻害されているのだ。 日本は投資家や株主の自由や権利を保護・優遇する政策を加速させてきた。四半期開示制度や連結会計の導入に始まり、自社株買いの解禁や資本金を取り崩して配当に当てることも認めた。当時の政府は、投資家が資金注入し、生産販売活動の拡大と効率化を果たし、さらにガバナンスや監視の役割も果たすことで、その成果としての利益を最大化し配当として受け取るという合理性を期待した。だが、結果的にはこの20年間、投資家は期待していた資金提供機能を果たすことなく投資先からの資金回収を急いでいる。しかも海外投資家は回収した資金を国外に振り向ける。資金の海外流出は日本の経済回復をさらに難しくする。 投資家に責めを帰すのは難しい。低成長が予想される企業やマーケットからできるだけ多くの配当や還元を受け取り、その資本で成長が予想されるグローバル市場に投資するというのは合理的な選択だ。つまり、「失われた30年」は株式市場の制度疲労に基づくものであり、私が「株式市場の逆機能の20年」と呼ぶゆえんだ。 ──スズキ先生は、利益や配当の意味を問い直し、付加価値分配を見直すよう提言しています。 スズキ:実体経済を持続的に成長させるには、株主の短期的利益の最大化を目指すのではなく、付加価値の適正な分配が必要だ。そこで、私は企業の「第一段階での分配」のあり方を見直し、役員や従業員、事業にも資源を適切に配分する「付加価値の適正分配経営」(DS経営)を推奨している。 DS経営には、従来の損益計算書(PL)ではなく「付加価値分配計算書 」(Distribution Statement / DS)」を用いる。まず、株主への還元(株主資本還元率)をどのくらいにするかを決め、「配当予定利益」として記入する。その下に「分配可能余剰額」の欄を設け、予定した配当を超える付加価値が生産された場合には、分配可能余剰分を役員、従業員、事業それぞれにどの割合で分配するかを記入する。記入欄を設けることで、経営者は役員や従業員、事業に付加価値を分配しようという意識が働きやすくなる。行動経済学のナッジを活用した新たなアカウンティングだ。